その33 信長が本願寺と戦い、延暦寺を攻めた理由

◆織田信長の原点
織田信長の原大本徹についても、簡単に述べておきます。信長は内紛だらけの尾張に育ちました。弟を殺さなければ収拾が付かないほどの分裂状態にあったのです。その生い立ちが原点となって、統一への強固な意志を持つようになりました。

人は特別扱いに弱い…

こんにちは。広島の定宿から配信します。風雨が強くなってきました。

◆今週は名古屋で講義します。迷うときこそ、迷わずご参加下さい!
☆政経倶楽部連合会・名古屋支部例会
9月21日(木)開場午後6時、開始6時半~8時45分終了
演題:佐藤一斎~幕末志士3千人の師、その教え方と育て方

その32 大化改新の仕掛け人は聖徳太子

さて、大化改新によって豪族による私地・私民が廃止され、国民には一定の田畑が支給されることになりました(班田収授)。豪族たちの既得権益を没収する、一種の共産主義的大改革を断行したのですから凄いことです。政治は中央集権的な体制に改められ、新しい国づくりが進むことになりました。

敵を作るよりも味方を増やせ!

こんにちは。鎌倉から浜松に帰る新幹線の中から配信します。

◆今週は、浜松と広島で講義します。※15日(金)は別府で講演します。
☆東林志塾(浜松)9月12日(火)午後6時30分~9時00分
明治の大政治家、小村壽太郎侯の胆力はどこから来たか!【前編】強国を相手に国難を救ったサムライ人生の「原大本徹」とは

その31 大化の年号によって、日本の自立を内外に宣言!

さて、大化改新(西暦645年)とは一体何だったのでしょうか。一言で言えば、豪族連合政権による社会秩序を終わらせ、新たに中央集権的な社会秩序を始めるための誕生点でした。

豪族連合政権によって形成されていたのが、氏姓制度による「古墳時代の社会秩序」です。氏姓の「氏」は葛城氏・大伴氏・物部氏など各豪族が名乗る「氏(うじ)」、「姓(かばね)」は「臣」「連」「直」など朝廷から頂く称号のことです。これに中央政府から認められる「前方後円墳」築造のライセンスが加わって、連合政権体制が維持されていました。

本物を作って、安売り競争から脱出しよう!

こんにちは。本日7日は、朝夕が冷えてきて露(つゆ)が白く降りるという、二十四節気の「白露(はくろ・しらつゆ)」です。

◆明後日9日(土)は、若手印刷人経営塾(第17期)で講義&アドバイス。
(計7時間)。主催者の田中肇先生は、印刷業をこよなく愛する経営指南役です。