その116 栄西の知名度は低いが、その綜學的性格に敬意を表す

鎌倉仏教開祖の中で、栄西の知名度は最下位と言えます。生前は、皇室を助け、二度も入宋し、宋皇帝を感動させ、幕府のある鎌倉には寿福寺を、天皇がお住まいの京都には建仁寺を持ち、日本仏教の振興に大いに力を尽くしたにも関わらず、法然・親鸞・道元・日蓮らのような“人気”が無いのです。

東アジアが危なくなってきた!

こんにちは、お元氣ですか。
冬らしい寒さが到来しましたね!神戸→大阪→京都で三連戦の講義をし、昨夜浜松に戻りました。

◆明日は浜松、週末は京都で講義します。是非ともお運び下さいませ!

☆東林志塾(浜松)12月11日(火)午後6時30分~9時00分
じっくり味わい、人生の骨格を養う「論語」講座(10)孔子は世間体を気にしなかった、孔子は弟子をからかうこともあった、口達者である必要はない、師に付いていく心意気とは 他
戦前の日本は思想戦に敗れていた!封印の書『学術維新原理日本』講話(10)言(こと)と事(こと)と道(みち)、相反する対極性を持っているのが感情、唯物史観は心理学を欠いていた、耕作と礼拝が一つであったラテン語 他

その115 鎌倉時代の栄西~60歳を超え、京都と鎌倉を精力的に往復!

二度の入宋を果たした栄西は、帰国後まず九州各地に寺を建て、その教えを伝えます。栄西による臨済禅が、九州の人々に広まりました。

しかし、急速に拡大すれば、必ず既存の勢力と摩擦が生じます。延暦寺の圧力によって、朝廷は禅宗の布教を禁止してしまいました。この延暦寺の権威主義に嫌気が差したところに、そもそも栄西が比叡山から下りた理由がありました。

当事者が、一番勉強になる!

こんばんは。昨日は、東京・経世志塾(長屋貢司代表世話人)で講義。
「明治維新150年」を振り返り、明治・大正・昭和など、各時代の社会心理について解説。さらに「150年間溜まった歪み」と、その対応策を理念から説き明かしました。

◆明日は神戸、明後日は大阪で講義します。
また、来週11日(火)は浜松で勉強会があります。

その114 栄西47歳~隠居の年齢で一から学び直し、人生2段階の成長を果たす

もう一度宋に渡ろうという決意をしたのは、栄西の心の中に「このまま終わってなるものか!」という思いが湧き起こっていたからでしょう。栄西は44歳になっていました。昔は人生50年と言いましたから、もう新しい事を始められる年齢ではありません。隠居を心に決めてもおかしくない年齢で、海外留学を志したのですから本当に凄いことです。

しかも、栄西の気持ちは宋に留まっていません。その先のインドに向いていたのです。即ち、釈尊の原点に帰ろうとしたのです。

人間通になろう!

こんばんは。
師走に入りますと、何だか慌ただしい気分になりますね。

◆今週は、東京→神戸→大阪で講義します。

☆日本的経営の根本道場!経世志塾(東京)12月5日(水)午後6時~9時
「新日本創成論」~地方再生の決め手と公益繁栄経済
明治維新以来150年、日本の何がおかしくなったのか?