その37 これは昔のことだが、今なら、そして君ならどうするか

◆吉田松陰による本氣の立志教育 吉田松陰の本氣は、何よりもその行動に現れます。失敗はしたものの、この目で西洋文明を見てやろうと志してペリーの黒船に乗り込み、そのままアメリカに連れて行って貰おうとしました。鎖国の時代に、こ […]

その36 大切なのは居室の広さではなく精神の広さ

◆吉田松陰による大局観察の教育 吉田松陰は初めて訪れた場所で、まず高いところに登って全体を見渡し、それから町を歩くようにしたそうです。 また、歴史の講義をする際、しばしば地図を開いたそうです。それは物事を全体から眺め、大 […]

その35 はじめの思いが大事~最初に無いものは最後まで無い

◆吉田松陰による原点認識の教育 続いて、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎、野村靖ら、多くの志士を育てた吉田松陰の「教育の原大本徹」について述べます。 松陰は「人は初一念が大事」であると諭しました。初一念 […]

その34 信長による、天下統一への知恵と工夫

◆織田信長の徹底 信長は、使えるものを残さず生かし切るよう、知恵を働かせ工夫に努めました。それが信長の徹底であり、35歳で上洛するときは足利将軍のブランド力を利用します。足利将軍の地位は、既に地に落ちておりましたが、僅か […]

その33 信長が本願寺と戦い、延暦寺を攻めた理由

◆織田信長の原点 織田信長の原大本徹についても、簡単に述べておきます。信長は内紛だらけの尾張に育ちました。弟を殺さなければ収拾が付かないほどの分裂状態にあったのです。その生い立ちが原点となって、統一への強固な意志を持つよ […]

その32 大化改新の仕掛け人は聖徳太子

さて、大化改新によって豪族による私地・私民が廃止され、国民には一定の田畑が支給されることになりました(班田収授)。豪族たちの既得権益を没収する、一種の共産主義的大改革を断行したのですから凄いことです。政治は中央集権的な体 […]