その73 一回限りの人生を、何に懸けたら本望なのか

さらに『葉隠』は、我々に対して次のような覚悟を求めてきます(意訳:林)。 「武士道とは死ぬことだ。生きるか死ぬかという場面に出くわしたら、早く死ぬ方を選んで迷いを片付けよ。別に理由なんて無い。腹を据えて進むのみだ。

その72 大高慢は、目立ちたがり屋や生意気屋とは全然違う

山本常朝が僧侶の姿をしているのは、仕えた主君が亡くなり、その冥福を祈るためでした。本当は後を追って腹を切りたかったのですが、既に幕政は武断政治から文治政治へ転換しており、家臣を失うことになる殉死は禁止されていました。それ […]

その71 たとえ浪人切腹となろうが、決して変えてはならない精神

鮮血がほとばしるかのような“切れ味の良い”武士道書。そのように称される『葉隠』の冒頭の文を見てみましょう(意訳:林)。 「お役御免となって浪人になることも、命ぜられて腹を切ることも、それぞれ一つのご奉公である。浪人となれ […]

その70 平和な時代における、武士の生き方とは何なのか?

武士道を述べる上で、忘れてならない一書があります。江戸時代中期に書かれた『葉隠(はがくれ)』という武士道書がそれで、鍋島藩(佐賀)の藩士であった山本常朝(つねとも)が語った言葉を、同藩の田代陣基(つらもと)が筆記したもの […]

その69 赤穂義士が実践し、吉田松陰に受け継がれた山鹿兵法

山鹿素行の思想の精髄は、日本学であると共に、武士の役割としての「治国平天下の道」を説く武士道政治哲学でした。まさに武士の生き様を教える、江戸時代の帝王学だったのです。 治国平天下に関する山鹿素行の教えをご紹介します。佐佐 […]

その68 知に深く、情に厚く、意に強い綜學の人

朱子学への批判は、幕府の御用学問への攻撃であり、それはご政道に対する抗議に他なりません。幕府から何らかの処罰を受けることは必定で、師の身の安全を心配した弟子たちは『聖教要録』の出版を止めようとします。 しかし、師の山鹿素 […]