日本人が小粒になったのは、明治以降の思想に原因がある

こんばんは。東林志塾(浜松)の講義を終え、自宅事務所に戻りました。

◆16日(土)から岡山→広島→神戸を回ります。

☆岡山セミナー
あの西郷隆盛が心酔! 幕末維新志士たちの共通の師「佐藤一斎」とその著『言志録』に学ぶ修養と処世の基本
其の二 志をどう立てるか。相手を見抜くポイントは2点。
得意なときに注意が必要な理由。 他
日時:2月16日(土)午後6時~8時
会場:サン・クリニック アイナリーホール(岡山市中区中井248‐8)
申込:電話086・275・9501(月~金 10:00~17:00)

☆広島文明維新塾 2月17日(日)午後1時30分~4時30分
昭和の大思想家・パナソニック創業者「経営の神様は、こう語った」第9回
国難の日本。今こそ、松下幸之助塾長の原点に帰ろう!
成功するまで志を変えてはならない。不景気になって、はじめて商売というものを知ることができる。政治があかん、政治と国民が甘え合っている。
日本の将来に対して、一抹の不安がどうしても消えない。他
※江口克彦著『松下幸之助【随聞録】心はいつもここにある』PHP文庫を使用
会場:NPO法人アートサロン広島(代表理事 槙田千鶴枝さん)
参加費:ビジター3000円
電話090・4650・1011(代表世話人 脇晃司さん)

☆今啓林会(神戸)2月18日(月)午後6時30分~9時
昭和の大思想家・パナソニック創業者「経営の神様は、こう語った」第9回
国難の日本。今こそ、松下幸之助塾長の原点に帰ろう!
成功するまで志を変えてはならない。不景気になって、はじめて商売というものを知ることができる。政治があかん、政治と国民が甘え合っている。
日本の将来に対して、一抹の不安がどうしても消えない。他
※江口克彦著『松下幸之助【随聞録】心はいつもここにある』PHP文庫を使用
会場:神戸一宮神社 社務所  参加費:ビジター3000円
電話078・242・3399(今啓パール(株)今井啓介さん)

●日記● 平成25年2月11日~12日

★☆すこぶる面白い中国歴史連続ドラマが再放送に

2月11日(月)、本暦(旧暦)一月二日、紀元節(建国記念日)。

すこぶる面白い中国歴史連続ドラマが再放送になった(BSジャパン)。
「宮廷女官若曦(ジャクギ)」だ。ドラマの中国名は「歩歩驚心」。
http://www.bs-j.co.jp/jyakugi/index.html

事故に遭った現代女性が、清朝・康煕(こうき)帝の時代にタイムスリップ。
時代が異なることで苦労しつつも精一杯活躍し、継承争いをする皇子たちと恋に陥ることになる。

綜観は、まず映像が明るくて綺麗なことに感心した。
権力闘争ドラマにありがちな暗さが殆ど無い。
中国史に不可欠な刑罰の場面も、あっさりしている。

康煕帝の威厳が損なわれておらず、指導者たちの矜持(プライド)や男気が、よく表現されているところもいい。革命で否定された清朝の尊厳が、(全てではないが)復活したかのようだ。

人物の表現も見事だ。善だけ、悪だけという偏った登場人物が殆どいない。
主役のジャクギや第四皇子はもとより、それぞれが長所と欠点を持ち、立場による悩みや辛さ、孤独感を抱えている。
見ていて、つい感情移入してしまうことになるのもしかり(当然)だ。

蒙古族など異民族に対する寛容さ。これがまた良かった。
王道政治がよく表現されており、中国政府が取り戻すべき点の一つだろう。

清朝は満州族の王朝であり、その習俗に弁髪がある。頭髪の前半分を剃り、後ろ半分の髪を長く伸ばしてポニーテールにする男子の髪型だが、これが格好良く見えるというか、色気すら感じてくるから不思議なり。
役者らはスキンヘッドにしてから、カツラ(後ろ髪)を付けていたようだ。

兎に角、見ていて嫌悪感を受けることが少ない。このドラマはアジアで大ヒットとなり、日本ではBSジャパンで昨秋に放映。リクエストが殺到し、今日から再放映となった。全35回。毎週月~木午前10時から放映。
ストーリーさえ知っておけば、途中から見て分かり辛いということはないだろう。NHK大河ドラマに無いものが、沢山あることに気付かれるはずだ。
ストーリー→  http://www.bs-j.co.jp/jyakugi/……tory0.html

★☆大物政治家がいなくなった。いるのは小物ばかり…

2月12日(火)、今日は浜松の東林志塾(日内地孝夫塾頭)で「経営の神様は、こう語った」第10回を講義。
講義中に、ビシッと引き締める場面を入れ、充実した研修となるよう心掛けた。

松下翁は、本物の政治家がいなくなったことを心から嘆いておられた。
文明と歴史を鳥瞰(ちょうかん)出来る大局観を持ち、英雄・傑物を同志に集める器量を有し、身を挺して国難に取り組むことに感激する。
そういう大物が見当たらなくなったのだ。いるのは保身第一の小物ばかり。
これでは国は保つまいと。

政治家ばかりでなく、なぜ日本人は全体に小粒になったのか?
あらゆる結果には必ず原因があるが、明治以降、我が国に入ってきた近代思想(考え方)に小粒化の原因があったのだと思う。
今日の講義の中で、その例を述べてみた(下記)。

日本人が小粒になったのは、明治以降の思想に原因がある

▲デモクラシー(民主主義)によって人間を平等に見るようになったのはいい
が、それが行き過ぎて志士・英雄・豪傑を否定するようになってしまった。
人物にも欠点はある。それを暴くことが民主主義であるというのは勘違い。

▲リベラリズム(自由主義)によって抑圧からの解放が導かれたのはいいが、それが行き過ぎて勝手主義の自由や、自己中心的な個人主義になってしまった。

▲権利思想によって生きる資格(人権)が保証されるのは大切なことだが、根拠や義務を忘れたまま、観念的に権利を主張する闘争が増えてしまった。

▲資本主義は、最初に資金を持たなくても夢があれば事業を興せるという志応援の経済システムだったが、今では理念に乏しい拝金的膨張資本主義や、バクチ的金融資本主義となってしまった。

▲社会主義によって労働者の生活が守られるようになるのはいいが、経営者や企業を倒したり、国家や政府を否定したりする考え方が生じてしまった。

▲近代科学によって現代文明が著しく進歩したが、物質を偏重し見える世界のみを信じるようになり、見えない世界や精神が否定され、天地自然への畏敬の念が薄らいでしまった。また西洋科学の分析的思考によって、知識人が部分観に囚われるようになってしまった。部分観は、地球環境の破壊にもつながった。

価値観や思想を、決して軽んじてはいけない。考え方が世界を創る

価値観や思想を、決して軽んじてはいけない。結局、考え方が世界を創るのである。これら20世紀までの旧い価値観を超えなければ、真の志士は育たず、日本を改新することも、共生文明を創造することも不可能となるだろう。

そして、それぞれを“超える”ために組み入れるべきキーワードがある。
それは次の通り。

△横並びの民主主義には→「民本」主義か「人本」主義を(※民本主義は、大正時代を中心に活躍した思想家・吉野作造氏が主張)
△勝手主義の自由には→「自立」や「自律」を△悪平等には→社会的「公正」を
△訴えるだけの人権には→命の「尊厳」を
△膨張拝金資本主義から→理念によって年輪成長する「公益資本主義」へ
△権力否定・国家破壊型の社会主義から→国民総参加の「共生社会主義」へ
△見える世界しか信じない部分科学から→綜合的にものを考える「全体科学」へ