このままでは諸悪の根源が政治ではないか

こんにちは。今朝は「200名以上経営者モーニングセミナー」(浜松南倫理法人会主催)で講演しました。皆さん、とても熱心にお聴き下さいました。

◆林英臣政経塾・東京オープンセミナーのご案内
日本の危機を的確に知り、進むべき方向を掴むための、豪華講師陣によるとっておきの半日セミナーです! ふるってご参加下さい!
□講義1『日本のおかれた現状と課題』
(元自衛隊陸将補 池田整治先生)
□講義2『憲法と近代政党~若手政治家の課題~』
(憲政史家 倉山満先生)
□講義3『世界で戦う日本の若者』
(ビジネス・ブレークスルー大学准教授 小林慎和先生)
日時:7月26日(金)受付12時から(講演13時~18時35分)
会場:わなびば333(中央区日本橋)
会費:研修費1500円、懇親会(19時から)5000円
申込:FAX 0476・97・0350(担当・小川義人塾士)
ogawa-yoshito@dance.ocn.ne.jp

◆平成25年7月度:各地志塾・勉強会のご案内を入れました。
各地のお世話役の皆様には、いつも本当に有り難うございます。
念のため、必ず日時・場所・テーマなどをご確認下さい。

●日記● 平成25年6月29日~7月2日

★☆このままでは諸悪の根源が政治ではないか

6月29日(土)。今日は浜松で林塾の会議。

今の政治は、素直に考えておかしい。知恵がバラバラになっている。
いい考え方があっても、党派が違えば互いに無視。

あるいは、ちょっとの差を叩き合い、少しでも違いを強調しようとする。
でないと、埋没して選挙に勝てないという。

その結果、戦術やテクニックだけで世を渡る、小粒な政治家ばかりが、世に蔓延ってしまった。このままでは諸悪の根源が政治という有様だ。

議論や競争は大事だが、衆知が集まらなければ単なる潰し合い、劇場型の格闘ショーに過ぎない。

そのくせ選挙が終わると、数を集めるため、手の平(ひら)を返すように肩を組んだりもする。駆け引きと妥協に長けた輩の出番となるのだ。

国民の努力に対して、政治がブレーキをかけていてどうする。この現状を何とかしないと日本は甦らない。先頭に立って、衆知を集める政治を日本に起こそう。

そして、国家に偉大性を復活させよう。世界で一番、中心力と連続性を持っている国が日本だ。まず、自分自身が、日本人であることに自信と誇りを取り戻すことからはじめよう。

さて、今日は林塾の人事と方針を決める幹部会議が、浜松の林事務所で開かれた。それぞれ古武士の風貌を持った、百戦錬磨の若者たちだ。集団で外を歩くと、オーラが強いので目立つこと目立つこと。参加者は下記の通り。

新村和弘塾士(1期生・静岡県浜松市議)
福丸孝之塾士(1期生・大阪府茨木市議)
岡本忠蔵塾士(2期生・京都府議・舞鶴選出)
久野晋作塾士(3期生・元千葉県我孫子市議)
布田拓也塾士(3期生・大阪府泉佐野市議)
石川勝塾士(4期生・元大阪府吹田市議)
上田光夫塾士(5期生・大阪府茨木市議)
伊藤央塾士(5期生・元山口県防府市議)

★☆人間国宝の狂言師、野村万作先生から貴重なお話を伺う

6月30日(日)夜、人間国宝の狂言師、野村万作先生から貴重なお話を伺い、実演も拝見した。野村先生は現在82歳。テレビや映画でお馴染みの野村萬斎はご子息。

狂言に「狐」の演目があり、これが殊の外(ことのほか)動きが激しくて体力を使うらしい。野村先生62歳のとき、「狐」の稽古で体力を消耗され、本番で過労状態になった。そのとき、動きながら静止する方法を見つけられたという。動中静有りだ。以来、歳と共に疲れなくなったというから凄い。

また、72歳のときの演技をビデオでご覧になり、悔しそうに「10年前の自分が気に入らない」と語られた。理由は、当時は若過ぎてセリフに力が入り、声も必要以上に大きかったからだそうだ。もっと内に問い、内に聞き、今ならこう言うのにと。

最初の言葉が大事で、第一声で役柄の性格が伝わるものだとも言われた。ある演目を例に、10年前の言い方と今現在の語りの違いを示して下さったときは、感動で鳥肌が立ち、涙腺が緩んでしまった。

「伝統の継承は、終生自分が先頭に立ち続けることによって果たされるものなんですね」と感想をお伝えしたところ、にっこり笑われて「そう、今が大事なんです」とお答え下さった。

今が楽しくて仕方ないとも言われた。若い内だけが花(華)ではなく、老いと共に美しさが増していく「年輪の芸」。それが日本文化なのだと、しみじみ今日は腑に落ちた次第なり。


★☆グローバル化の前に、日本人の養成を忘れるな!

7月1日(月)、今日は神殿の清掃とお供物の交換。
それから庶務と、明日の講義の準備などを進める。

昨日、某大学の総長から、今後の教育方針を伺った。その大学はグローバル対応を進め、留学生を今の4千人から1万人に増やすという。多様な人材を集めるのが某大学らしさということらしい。

世界を相手にすること自体は大いに賛成だが、次のことを憂慮する。
中国や韓国から留学に来る学生は、徹底的な反日教育を受けている。
彼ら彼女らから歴史認識に関する議論をふっかけられたとき、日本の学生は太刀打ち出来るのだろうか。

尖閣諸島の領有権や竹島問題。証拠の無い従軍慰安婦や、ありもしない南京虐殺、靖国参拝への外圧といった諸問題で責め立てられたとき、日本人学生は黙っているか震え上がって謝るだけ、というのではどうしようもない。

留学生に本当の歴史を教え、日本を好きにさせて本国に帰す。
そういう真の狙いがあるというならグローバル化も大いに結構である。
が、野放図な多様性の前に、もっとやらねばならないことがある。

それは「日本人の養成」だ。我々は、あまりにも日本を忘れていた。
大学は日本学の研究に、もっと本腰を入れて頂きたい。

★☆伊藤博文は晩年、話題が松陰先生に及んだとき、ボロボロ涙を流した

7月2日(火)朝、「200名以上経営者モーニングセミナー」
(浜松南倫理法人会主催)で講演。
テーマは、“幕末・維新期の偉人”に学ぶ成長の秘訣。

高杉晋作や久坂玄瑞ばかりでなく、初代総理大臣の伊藤博文(利助)も吉田松陰先生の愛弟子であった。松陰は伊藤の可能性を見抜き、「利助亦進む、中々周旋家になりそうな」(久坂への手紙)と誉めた。伊藤君は、また進歩した。
きっと優れた外交家になるだろう、という期待を込めた言葉である。

その通り、伊藤は明治政府の高官として、日本の命運を切り開いていった。
伊藤は晩年、話題が松陰先生に及んだとき、人目もはばからずボロボロ涙を流したという。伊藤の原点は、若き日々の学問と行動にあったのである。

博文の名付け親は高杉晋作だ。伊藤は、高杉が命懸けの行動を起こすとき、必ず一番に付いていった。師匠と兄弟子、さらに同志に恵まれたからこそ、伊藤は大いに活躍出来たのである。