気持ちが折れそうになるのは、ごく自然なこと

こんにちは。蒸し暑い天気になりました。今日は伊那市で講義します。

◆明後日7日(月)は四国、明明後日8日(火)は浜松で講義があります。
四国中央立志会
☆社長・幹部対象 7月7日(月)午後2時~4時

昭和の大思想家・パナソニック創業者「経営の神様は、こう語った」第8回
急激な発展をすれば、妬みや嫉みが出てくるもんや。松下電器は、今こそ新しい指導精神を生み出さんといかん。企業は企業の持つ使命感に徹することや。将来人を使おうと思えば、まず人に使われんとね。 他

☆社員・中堅対象 7月7日(月)午後7時~9時
公益経営のお手本!伊那食品工業株式会社に学ぶ「年輪経営」第8回
経営戦略は、変わらない縦の軸と、流行の横の軸で判断。
社会主義国に進出しないのは「信用」という概念が無いから。 他

参加費:2000円(初回無料)
会場:両講座とも ホテル グランフォーレ(四国中央市三島朝日)
会場お問い合せ 電話0896・23・3355(ホテル グランフォーレ)

☆東林志塾(浜松)7月8日(火)午後7時~9時00分
新シリーズ連続講座「江戸日本学」
第1回「江戸時代の全体像を、歴史と文化の流れでつかんでみる」
21世紀のお手本を、江戸時代から見つけよう。
会場:21世紀倶楽部(静岡新聞社・静岡放送プレスタワー)
参加費:オブザーバー3000円
電話053・473・5715(事務局・野上孝さん)
→ hm813722@fsinet.or.jp

●日記● 平成26年7月2日~4日

★☆気持ちが折れそうになるのは、ごく自然なこと

7月2日(水)。保育園で孫の誕生月祝いがあり、保護者として半日参加。
4~5歳児25名をまとめる保育士の指導力に感心した。

一説に、こころは「ころころ」が語源だという。心がころころと揺れ動くものであれば、気持ちが折れそうになるのは、ごく自然なことだ。

折れてはいけない、折れてはいけない、なんて思わないで、少しゴロゴロしながら休んでみたらどうか。

そして、幽玄な庭園か神社仏閣を、ゆるりと訪ねてみよう。

折れたまま切れなければいい。谷を抜けたら、また上りに入るから大丈夫だ。

★☆中国はアフリカに進出、西アジアでは「新ペルシャ帝国」!?

7月3日(木)、庶務と講義の準備を進める。

文明は東と西に分かれ、東西文明は800年ごとに入れ替わるという学説がある(文明法則史学)。それによれば、約100年間が、東西文明の交代する転換期となる。

今度の交代期がいつ頃かというと、21世紀、つまり今であり、中でも2025年~2050年頃が一番激変する時期になる見通しだ。

一体何が起こるのか。激しい気象異変によって食糧不足が発生し、それに伴う民族移動が起きれば、通常の経済活動は成り立たなくなる。世界中が流動化し、大規模戦争などに至れば、国境は大きく塗り替えられていくことになる。

大国はどうなるか。アメリカの指導力は2030年前後になると一気に低下。
中国は不安定なまま膨張を続けるだろう。

最近の中国によるアフリカへのインフラ投資額は、日・仏・独・米・韓・英の投資額を集めても遠く及ばないほど増加している。投資の相手国が、政情不安定な国でもお構いなし。まず経済でアフリカを親中大陸に変え、さらに軍事面でも進出を図っているということらしい。

文明の東のグループには、日本、中国、インド、さらに西アジアが含まれている。今、西アジアでは、アメリカの影響力が低下する中、イスラム教シーア派が結束を強化させている。イラン・イラク・シリアなどの国々だ。

もしかしたら、この勢力が台頭する延長線上に「新ペルシャ帝国」の登場が待っているのかも知れない。そうなれば、まさに文明の交代だ。

世界の流動化は、いよいよこれからだ。短期的にはアメリカの後押しに期待しつつも、基本は日本の自立力によって、この文明交代期を乗り越えていかねばならない。資源・エネルギー・食料などは、“自給自足政策”で乗り切るくらいの覚悟が必要である。

そして、2050年を越えれば、必ず日本の時代が巡って来る。世界中が日本に救いを求める日がやって来るのだ。

★☆政治家や経営者に対する指南役に人物が見当たらない

7月4日(金)、今日も庶務と講義準備。

混迷する時代に、必ず現れて欲しいのが思想家だ。
聖徳太子、栄西、日蓮、信長、松陰、西郷ら、転換期に時代の扉を開いた指導者は、いずれも活動家であると同時に思想家であった。

政治家が小粒だの、経営者に理念が無いだのと言う前に、彼らを指導している講師役に、どれほどの器量と識見があるかを問わねばならぬ。

一見、思想家風であっても、政治家にまとわりついて政局情報を手に入れ、それを講演の材料にして食いつないでいる政界通か、経営者の利欲を満足させることにしか能の無いコンサルタントばかりが目立つ。

要するに、指導者や指南役に人物が見当たらないのだ。人物学、帝王学が求められる所以であり、小生はとことん本格的リーダーの育成に励んでいく所存である。