思い切って殻を破り、舞台を上げ、仲間を変える(替える)

こんばんは。間もなく6月に入ります。本当に「光陰矢の如し」ですね。

◆西郷さんは偉ぶることのない、大誠意、大胆識の人であったそうです。
胆(きも)が大きく、どこまで太っ腹か分からない人だったと。
誰だって、そういう人に会ってみたいと思いますが、西郷さんは「自分がその人になろうという心掛けが大事である」と言われました。

◆6月3日(水)は東京・経世志塾で講義します。
詳しくは「各地志塾・勉強会ご案内」をご覧下さいませ。

◆「6月度:各地勉強会・志塾のご案内」を掲載しました。
各地の世話役の皆様には、いつも大変お世話になり有り難うございます。
お手数ですが日時、会場、テーマなどをご確認下さいますようお願い致します。

●日記● 平成27年5月24日~28日

★☆「思い切って殻を破り、舞台を上げ、仲間を変える(替える)」

5月24日(日)、明日の講義準備(『論語』と「年輪経営」)を行う。

◆「一郷の善士(善い人物)は一郷の善士を友とし、
一国の善士は一国の善士を友とし、
天下の善士は天下の善士を友とする」。

その人物の生き方に合わせて舞台が与えられ、友人や同志が決まるという孟子の言葉だ。

舞台と仲間。それは、大きすぎても、小さすぎてもいけない。
あなたにとって現在の舞台と仲間は、丁度いい大きさとレベルだろうか。

大きすぎれば、付いて行くのが大変だろう。息切れして疲れるし、いつも劣等感を感じてしまうことになる。そうであれば、無理して背伸びするのを止め、原点に戻って基礎からやり直すのもいい。

逆に、小さすぎれば物足りなくなる。力を持て余して退屈に感じ、まともに話し合える相手がいないことから、本当につまらない日々となる。そういうときは、思い切って殻を破り、舞台を上げ、仲間を変える(替える)のも方法だ。

藩校の明倫館に飽き足りぬものを感じて、松下村塾に入塾した久坂玄瑞や高杉晋作らは、まさに後者であった。

但し、個人的な不満を動機に、破れかぶれで事を起こすと、全てを失う可能性があるから要注意なり。胸中に熱い想いがあるときほど、頭を冷やしておかねばならない。

補足:徳と地位を比べたとき、徳が上回っているくらいが丁度いい。徳は才能や器量、人間力のことで、これを超えて地位が与えられると、無理が生じて必ずと言っていいくらい失敗する。

だから、まずは今の地位を嘆くことなく全うし、それによって徳を磨き、徳が高まるのに応じてより高い地位に就けば問題はない。やがて、今の殻を破るべきチャンスが来たときも、徳が養われてさえいれば応援する人が現れるなどして上手くいく。但し、“壊し屋”で終わるつもりの場合は、この限りではない。

★☆四国中央立志会で『論語』講座が始まる

5月25日(月)、四国中央立志会で「社長セミナー」と「社員セミナー」。
社長セミナーの新規内容は『論語』。四国中央立志会では10年前にも論語を講義しているから、今回で2度目となる。
初回の今日は、孔子とその時代、並びに「学而第一」を話す。
林塾から浜口卓也塾士(6期生、高知市議)が参加。

夜の社員セミナーには約80名が参加。先輩には先輩らしい威厳(オーラ)が欲しいことや、受け身の社員ばかりではいけないということを述べる。林塾から川崎泰史塾士(7期生、綾川町議)と五味伸亮塾士(7期生、観音寺市議)が参加。終了後の懇親会は、全員が熱心に発言し、有意義な交流会となった。

★☆10年間続けている事があるかどうかを聞いてみよう

5月26日(火)、四国から浜松に戻り、庶務と明日の講義準備。

◆信頼出来る人かどうかを観たいときは、10年間続けている事があるかどうかを聞いてみたらいい(若年は5年も可、老年は30年以上を問いたい)。仕事でも活動でも、趣味や学問でも何でも構わぬが、一つの事を長く続けられるのはブレない軸がある証拠である。

次に、それを始めた原点について質問しよう。どんなきっかけで、何のために始めたのかと。原点は種であり、自分の種を自分で育てられる者ならば必ず伸びていく。

そして、10年の間にどんな苦難があり、止めたくなる気持ちにどう打ち勝ったのか。進化成長のため、どういう工夫をしてきたのかを尋ねるのだ。

兎に角、能力は高いが継続力がない、というタイプが一番困る。自己中心的で独断専行をやり、少し巧くいかなくなると、たちまちやる気をなくし、さっさと新しい事を始めてしまうという輩だ。周囲を巻き込むから、甚だ迷惑を被ることになる。その点、10年間休むことなく続けられる人ならば、まず大丈夫だと思う。

補足:長年継続している事であっても、惰性で続けているだけの場合は、あまり意味があるとは言えない。騙され、脅され、洗脳されるなどして、不本意ながら続けている事や、他にやる事が無く、単なる暇つぶしで継続してきた事などもそうだ。中身のある事と、どうでもいいことを整理する上でも、10年以上何をしてきたかを問い掛ける意味があるのではあるまいか。

★☆国会綜學勉強会で通算14回目の講義

5月27日(水)、国会綜學勉強会(通算14回目)で「西郷隆盛」をテーマに講義。常連メンバーが、次第に増えてきて嬉しい。超党派の懇親会も中身が濃い。聞く耳を持ちながら、言うべきは言う。そのバランスが心地良い。日本の原点を深く認識し、文明の大局を理解する国会議員の育成に、心を込めて邁進致します。

◇西郷さんが、逆境に耐え、5年間のブランクから立ち直れたのはなぜか…◇

西郷隆盛は約5年間、島送りと島流しに遭う(奄美大島、徳之島、沖永良部島)。島流しは、薩摩藩をまとめる島津久光と反りが合わなかったのが原因で、沖永良部島では死の寸前までいった。

その間、寺田屋事件、生麦事件、薩英戦争、八月十八日の政変が起きた。西郷は、これら重大事件に巻き込まれることなく“温存”されたのであり、やがて薩摩藩の指導者として復帰する。

5年ものブランクがありながら、どうして政界に復帰出来たのか。その理由の第一は、血気盛んな若者たちの支持を受けたこと。第二は、西郷以上に他藩の有力者と連係出来る者がいなかった点にある。

今日の政界においても、志士政治家たちの支持を受け、党派のつながりを超えて日本の方向性を描ける者の中から、21世紀の西郷さんが出て来るだろう。

「大政を為すは天道を行うものであるから、少しも私を挟んではいけない」。

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困る。
だが、そういう人でないと、艱難を共にして国家の大業は成し得られない」。

「人を相手にせず、天を相手にせよ」。
これらの『西郷南洲遺訓』を肝に銘じよう。

★☆孔子の言葉は亜細亜(アジア)の共通言語

5月28日(木)、今朝は定宿のある清水坂下から明神下を抜け、神田明神に参詣。それから湯島聖堂(昌平坂学問所)大成殿で、孔子に拝礼。

四国中央立志会で「論語」講座が始まったことのご報告と、孔子の教えによって亜細亜(アジア)に王道政治が復興し、真の世界平和が創造出来るよう祈念。

孔子の言葉は亜細亜の共通言語なり。『論語』を外して今後の外交はあるまい。

★☆立志の人に、世間のカラ評判を一々苦にしている暇はない

5月29日(金)、半日休養、半日庶務など。

西郷隆盛は、次のようにも教えた。「我が道を行く者は、天下の皆が悪く言おうが不満に思ってはいけない。逆に、天下の皆が誉めてくれても満足と思うべきではない。自分の道を信じなさい」と(『西郷南洲遺訓』)。

悪口も賞賛も、それを言う相手は、こちらの部分しか見ていない場合が多い。細部に対して的外れな文句を言い、核心から外れた、どうでもいいところを誉めてくれるのである。

我が道を行く者にとって、自分の本心を分かってくれる同志は本当に少ない。だからこそ、まず自分が自分の味方になろう。自分が信じられる自分になれば、必ず仲間は増える。

活躍する人をよく観よ、自分の行く道をしっかり信じている。
ダメな人をよく見よ、人を裏切る前に自分を裏切っているではないか。

信じる道を持った人を、立志の人という。立志の人に、世間のカラ評判を一々苦にしている暇はない。

補足:原点と大局を確認し、私心が無いことであれば大丈夫なり。