官僚をドキッとさせよ!

こんにちは。何事も成功するまで続けることが大切ですね。
地道に努力を重ねているうちに、いつの間にか第一人者になっていたということがよくあります。どうせやるなら10年は続けたいものです。

◆20日(木)は名古屋、21日(金)は神戸で講義します。22日(土)は京都嵐山に訪問予定地がありましたが、事情により行けなくなりました。

☆政経倶楽部連合会・名古屋支部例会
8月20日(木)開場午後6時、開始6時半~8時45分終了
成功と繁栄を導く「最初」を起こせ!
大和言葉の世界観・第五講「ハジメ(始終)」
ハシメは、占め(シメ)られたものが発現(ハ)すること。
ヲハリは、尾(ヲ)を張り(ハリ)伸ばして次につなげること。
ハジメをどう起こすか、そしてヲハリをどうまとめるか。 他
会場:ウインクあいち(名古屋駅桜通口から徒歩5分)。
会費:会員2000円 ビジター3000円
連絡先:名古屋支部幹事長 長岡さん携帯090・6461・1603
→ nagoya@seikei-club.jp

☆今啓林会(神戸)8月21日(金)午後6時半~9時
綜學講座「士道と学問」第三講 吉田松陰の師、山鹿素行が教える武士の素養『聖教要録』上
「聖学」…志を立て、人としての道理を学び、身に付くまで繰り返し復習せよ。
「師道」…聖教の師は君父と同じ。厳粛に師を選ばねばならない。
会場:神戸一宮神社 社務所  参加費:ビジター3000円
電話078・242・3399(今啓パール(株)今井啓介さん)


●日記● 平成27年8月15日~18日

◆8月15日(土)、両親と兄弟が集合して鰻屋に行く。
両親、私、家内、次男、三男の嫁、四男の計7名。

◆8月16日(日)、祖父母と弟(三男)、家内の父と祖母の墓参り。一緒に連れて行った孫は、蝉取りと昆虫採集(カマキリ)に夢中。

◆8月17日(月)~18日(火)、広島市に20数名が参集し、林塾「政治家天命講座」に西日本合同合宿が開かれる。

演題は下記の通り(東日本合同講座に同じ)。
初日は「大和言葉が示す日本思想、その世界観と人生観」。
二日目は「松下幸之助が教える国家観と政治観」。
二日目午後の特別研修は「国是三綱領と、各員の置き換え」。
総計7時間半の講義。

※林塾・国是三綱領
一 共生文明の創造
二 高徳国家の建設
三 公益経済の確立

●随筆●

◆官僚をドキッとさせよ!◆

ある地方議員から、「官僚についてどう思うか」という質問を頂いた。
私は「官僚に対しては、やたらに排除してもいけないし、主導権を奪われてもいけない」と答えた。

官僚の仕事というのは部門に分かれた専門的業務であり、彼らはそれぞれの分野の詳細を握っている。その力を引き出して生かすのが政治家の役割であり、それが政治主導の意味ではないかと。

政治主導のためには、首長をはじめとする政治家が、きちんと方向性を示すことが肝腎だ。官僚は優等生だ。優等生というものは、何のために何をやるのかが決まると、持てる能力を発揮する。そういう相手には「理」で納得させ、「情」でトドメを刺せばきっと上手くいく。

次に、民間に学ばせる必要がある。優等生は出来ない理由の説明が巧く、新しいことをやりたがらない場合が多い。そこへ民間が持っている積極性(開拓者精神)や閃(ひらめ)き、スピード感を注入することで閉鎖性を打破したい。民間では当たり前のサービス精神や、おもてなしの心も大事だ。

それから、仕事が円滑に進められているかどうかを確認するための、チェックポイントを持つことをお勧めする。それは、目の光や声の色かも知れないし、受付やトイレの様子、サンダルの足音かも知れない。市民の反応や、何かの数値に出ているということもある。

そもそも官僚のいない国家や自治体は無い。官僚の高い能力を生かすには、首長は勿論のこと、議員はもっと学ばなければならない。全てを細かく知る必要はないが、要点を捉えることで行政全体を観る洞察力を養い、官僚をドキッとさせたり、緊張感を与えたりするくらいでなければいかんと思う。

◆大東亜戦争敗戦に至る「外部の要因」と「内部の原因」◆

どちらが正しいかは、そう簡単に決められるものではない。

善悪は入り交じるものであり、政治の場で絶対の善や悪が主張されている場合、それは事実に基づいた意見であるよりも、自党や自派を盛んにするためのスローガンの類(たぐい)であることが多い。

一体どうすれば真実が見えてくるのか。真実を見通すには、部分観に陥ることなく、結末に至る流れというものを全体から捉えなければならない。

大東亜戦争敗戦に至る日本近代史においても、日本だけ悪いということはあり得ない。「外部の要因」と「内部の原因」の双方を観て、はじめて敗戦に至る道を正確に振り返ることが出来るようになるはずだ。

19世紀中頃、イギリス・フランスは、アヘン戦争(1840~42)やアロー戦争(1856~60)で清に進出した。ロシアは清の混乱を好機と見て、その領土を奪っていった(黒竜江以北や沿海州)。

この流れに沿って、アメリカのペリーは浦賀に来航(1853)し、恫喝外交を以て日本に開国を要求。その1ヶ月半後、ロシアのプゥチャーチンが長崎に来て開国を迫ったのである。

この黒船ショックを契機に、我が国は国家意識に目覚めた。体制を刷新するために討幕し、攘夷のために開国することになったのだ。その延長線上に、ロシアの南下を食い止めるための戦いであった、日清戦争や日露戦争が起きたのである。

その頃の中国や韓国は社会秩序の衰亡期にあり、その終了点は間近であった。清朝SS(ソーシャルシステム)は1911年の辛亥革命で、李氏朝鮮SSは1910年の日韓併合で終了点を迎えることになる。社会秩序の末期は、政治の求心力に乏しく社会の腐敗も進む。

その様子を見ながら、お節介かも知れぬが日本は、混迷状態にあった大陸や半島への関わりを深めることになった。それでも我が国は、極めて真面目に列強のやり方を見習い、半島や台湾の統治において、欧米を凌ぐほどの結果を出していったと言える。

日本は日露戦争勝利後、アメリカから狙われることになった(オレンジ計画)。さらにアメリカ・イギリス・ソ連は、日本を倒そうとし、利敵行為や策謀に及んだ。米英による蒋介石(国民党)への支援、コミンテルン(国際共産党)による中国共産党への援助、ソ連のスパイであったゾルゲや尾崎秀美による謀略活動がそれで、我が国は開戦前から既に米英ソと対立状態にあったのだ。

こうした「外部の要因」と、近代化成功による思い上がり、一部の指導者に見られた中韓に対する見下した態度、下剋上そのものであった軍部の暴走、終結のシナリオを持たないまま開戦へ至った政治の混迷、指導層の小粒化などが「内部の原因」となって、我が国は敗戦へ向かうことになるのであった。

天皇陛下は15日(土)の全国戦没者追悼式で「ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い…」とお述べになり、平和を願う大御心をお示しになった。「深い反省」というお言葉は、強いご意志によってお入れになったものだろう。

また安倍首相は、戦後70年談話の中で、西洋諸国の植民地支配の波が19世紀、アジアに押し寄せたことに触れた。中国も韓国も日本も、この西洋によるアジア支配を脱し、新しい文明を創るための同志とならねばならず、そのためには一方的な謝罪外交に終止符を打たねばならないことを言われたかったのではないかと察する。

兎に角、戦前の日本を、卑下するのも美化し過ぎるのも間違いだ。日本には明治以降の近代化の成功と、昭和に入ってからの軍国主義化と政治の混迷があった。しかし、多くの犠牲者を出して終戦を迎えたものの、アジアの植民地解放という歴史的成果を上げたのは事実である。

我々は善悪を超え、祖国の将来を憂い純粋な心で散っていかれた英霊に、素直に手を合わせようではないか。 合掌