連携プレーの強み

こんにちは。先週は、浜松→東京→大阪→神戸→岡山→広島で講義しました。今週は、火曜日の浜松講義以外は、デスクワークに集中出来そうです。

☆東林志塾(浜松)9月15日(火)午後7時~9時00分
綜學講座「士道と学問」第三講 吉田松陰の師、山鹿素行が教える武士の素養
『聖教要録』上
「聖学」…志を立て、人としての道理を学び、身に付くまで繰り返し復習せよ。
「師道」…聖教の師は君父と同じ。厳粛に師を選ばねばならない。
会場:21世紀倶楽部(静岡新聞社・静岡放送プレスタワー)
参加費:オブザーバー3000円
電話053・473・5715(事務局・野上孝さん)
→ hm813722@fsinet.or.jp

◆先週は、関東・東北で大雨による河川氾濫が起き、大災害となりました。
被災した皆様に、心からお見舞い申し上げます。
私の住む浜松も台風による浸水がありましたが、自宅事務所は大丈夫でした。

●日記● 平成27年9月7日~12日

◆9月7日(月)、今日は終日デスクワーク。
「ヂイヂは先生だったんだ」。
6日(日)の講演会(遠州公開講座)に孫を連れて行ったところ、家に帰ってからしみじみ言われました。
いつも家でゴロゴロしながら遊んでくれるヂイヂは、実はしっかりした先生だったということで驚いたようです。そして見直してくれました。

今朝(9月7日)の静岡新聞の遠州版と、中日新聞の県内版に、昨日の遠州公開講座が載りました。東林志塾の日内地孝夫塾頭、内田実行委員長をはじめ、準備に関わって下さった皆様に心から感謝御礼申し上げます。
事前打ち合わせと準備、会場設営、当日の手配と進行、受付と本販売、事後の片付けや各所への御礼など、一回のイベントには大変な苦労が伴います。皆さん、どうも有り難うございます。

なお、前号で参加者として紹介した林塾の水野岳男塾士(7期生)は、愛知県ではなく岐阜県各務原市の元市議でした。訂正致します。全国から、地元から、足下の悪い中にご参加下さり誠に有り難うございました。

◆9月8日(火)、第37回TISA全国経営者大会・分科会(150名)で講義。「松下幸之助に学ぶ経営の心~繁栄と成功のコツはここにあり~」をテーマに話す。

そのコツは、不完全だが完全へ向かおうとしている人間を知ることにある。70分という短い時間ながら、トップに立つ者の覚悟を一所懸命促した。

夜は、政経倶楽部連合会創始者の寒竹郁夫ファウンダーと吉田平理事長のお誘いで日本橋の料理屋へ。ゲストは、日本画家で月刊「武道」の表紙絵を10年間画いておられる中村麻美氏。伝統文化や日本の心について、とても味わい深いお話を頂戴した。

◆9月9日(水)、大阪の「レオ財団」(橘俊夫理事長)月例会で講義。テーマは「松下幸之助から託されたこと~経営の神様は、こう語った」。

紹介して下さったのは、同財団理事で松下政経塾同期生・元加西市長の中川暢三さん。感性豊かで行動力旺盛な実践家がお集まりで、気持ち良く話せた。「公益資本主義推進協議会」の“大番頭”藤岡俊雄副会長もご参加。

きっかけを作ってくれた人物が、もう一人いる。
林塾の南出賢一塾士だ(4期生、大阪府泉大津市議)。南出塾士も、2ヶ月ほど前に同財団月例会で講義している。その話が大変力強くて実践に裏打ちされていたので、その師匠を呼ぼうということになったらしい。弟子が活躍すると、師匠も注目して貰えるようになることがよく分かった。

◆9月10日(木)、中川暢三さんと朝食。松下政経塾時代のことや、その後の人生、そして今後の目標について熱く語ってくれた。社会資本を生かした、経営感覚の高い政治を目指していることがよく分かった。

夜は今啓林会(今井啓介会長)で講義(会場は一宮神社)。
「士道と学問」の第四講として、下記2項目を解説。
「立教」…教育は国家の基盤であり、人は教えられて人となる。
「読書」…聖人である孔子の教えに戻り、読書によって直に学べ。
林塾から下記3名が参加。
福丸孝之塾士(1期生、大阪府茨木市議)
布田卓也塾士(3期生、大阪府泉佐野市議)
足立将一塾員(6期生、大阪府吹田市議)

なお、今井啓介会長が本を出版された。
業績を伸ばす『任せっぱなし経営』今井啓介著・幻冬舎・本体800円。
社長一人が踏ん張っても会社の成長はすぐに頭打ちとなるものであり、仕事は部下に任せ、思い切って権限を委譲してこそ事業は拡大するということが、著者の経験に基づいて分かり易く書かれている。
私も校正に関わらせて頂いた。社員を信じるとはどういうことなのか。
秋の夜長に、ご一読頂きたい好著である。

◆9月11日(金)、岡山アイナリーホールで連続講座「江戸日本学」の講義。
第1回の今日は、社会秩序の盛衰原理を基に江戸時代の全体像を話す。新しい日本を創造する原点が、江戸時代にあることを力説した。

◆9月12日(土)、広島文明維新塾(荻村文規塾頭・脇貢司事務局長)で講義。
「二宮尊徳」をテーマに、荒廃した農村を救うための仕法を解説。尊徳の学問は実学なり。学んだら生かそう。でないと絵に描いた餅だ。30数名の皆さんが、じっくりお聞き下さった。林塾から下記2名が参加。
荻村文規塾士(8期、来月いよいよ広島県廿日市市長選)
西川隆志塾士(9期、荻村事務所で活動中)

●評論・随筆●

◆連携プレーの強み◆

一人の大人物(影響力の強大な人)に頼る組織は、伸びていくときはいいが、トップである大人物が倒れたときに大変脆い。(ここで言う大人物とは、良くも悪くも覇気があって、影響力の高いカリスマ的ボスのこと)。

むしろ、中人物くらいが揃っていて、連携プレーで高度の能力を発揮し、様々な危機にも対応可能な組織のほうが柔軟で確実だ。

困ったことに、スター性の高い大人物の中に、自己中心的で我が儘な人間をしばしば見受ける。何でも一番でいたいから敵が多いし、使えるかどうかで人を判断しがちでトラブルメーカーになり易いという弱点もある。

一方、中人物による連携プレーは、決断が遅くなったり、世間へのアピール度が低かったりして、なかなか芽が出ないという問題点がある。

それを補うには、中人物の中で一番という人望のある者をまとめ役に選び、組織を着実に固めつつ、後れを取ることのない徹底した知行合一集団へと進化させる必要がある。

また、理念や目的の一致も不可欠だ。一緒に学問することによって獲得した共通言語(共通の価値観)は、一体感醸成の基盤となる。

連携集団は事情で一人二人欠けても、みんなで補い合える。
攻める側からすれば、どこを叩けばいいのか分かり難い。

長い目で見ると、そういう集団こそ生き残ることの出来る組織であり、生き残る組織が結局天下を担うことになるはずである。

なお、中人物をなめてはいけない。中人物に見えるくらいの中に、これから大きくなる本物がいるものだ。

(追記)日本は天皇陛下をミナカにいただく国だから、本来、覇道タイプのスーパースターがいなくても大丈夫な国と言える。

宝塚はトップスターが目立っているが、実は稽古を積んで一体感を醸成した、典型的な連携プレー集団だと思う。

◆困ったとき、悩んだとき、苦しいときは…◆

困ったときは原点に帰れ。何のため、誰のために始めたのかを振り返ろう。原点から外れていなければ、大丈夫必ず上手くいく。

悩んだときほど大局に立て。全体から観てどうなのかを冷静に観察しよう。悩みがいつまでも続くことはない。明日は、きっと晴れる。

苦しいときこそ正義を守れ。目先の利益に走ると、後で大きく失うことになる。信義は最大の財産なり。

◆受講者に二つのタイプあり◆

第一は、講師の人間が好きというタイプ。先生が好きなら、勉強は進むだろう。

でも、信者タイプにならないよう注意が要る。勉強して自主性を失ったのでは何にもならない。

第二は、師匠の教えが好きというタイプ。好みの講座なら、学問は深まるだろう。

でも、このタイプの人は、テーマによって来たり来なくなったりする。あるいは、講師の教えを「使えるか使えないか」で判断することもある。

一番いいのは、師匠の人間と教えの両方とも好きというタイプの弟子だ。そうなってこそ、継続力が生まれ、教えの本質が分かってくるものと思う。

◆自然災害と政治の関係◆

台風、大雨、地震、このところ日本は自然の脅威にさらされている。豪雨による河川の堤防決壊で、茨城県や栃木県、宮城県は甚大な被害を受けた。死亡した方や多数の行方不明が出ており、我が国は悲しみと心配に包まれている。

天地人を一体と見た昔の人は、天変地異を悪政への警鐘と受け止めた。為政者は、自然災害が起こる度に政治を反省したのだ。

科学的研究が進んだ今日、天地と人を関連させる考え方は一笑に付されてしまう。だが、自然破壊型の文明が災害を呼び起こしている可能性は十分あるのだから、ここは冷静に考えてみて欲しい。

また、以下のことにも思慮を巡らせたい。

今の経済が、持続可能なシステムとなっているかどうか。
今の日本が、国是にあたる夢や目標を持っているかどうか。
今の政治が、国民に生き甲斐を与え、将来世代のために役立っているかどうか。
今の教育が、日本人の徳性・霊性を高め、その良さを育んでいるかどうか。

政治が悪いと、人々の意識が荒れ、災害への備えも不十分となる。それが被害を増幅させる原因になり得る。天の憂い、地の嘆きを聞こうとする政治家の登場を心から願う。勿論小生も、徳性・霊性の高い志士政治家を育てる努力を続けている。

◆硬派の応援団が今も健在◆

「応援団は生意気でけしからん!」。そう言ったのは某大学出身の友人。
理由を聞いたら、かつて在学中にバレーボール遊びをしていて、球が練習中の応援団の団旗に当たった。球を拾いに行ったところ、ひどく怒鳴られてしまったのだという。どちらもグラウンドを使っている自校生なのだから、上からものを言われるのはおかしいではないかと。

それを聞いた私は、こう答えた。「応援団員は、自校の伝統を守るという使命感で練習している。そして団旗は、応援団のみならず大学の命だ。そこへボールを転がしてしまったのだから、怒られても当然ではないですか」。友人はそれ以上言わなかったが、納得出来ない顔付きだった。(これは40年前の話)。

その友人は、いわゆる左翼思想の人間だった。皇室を愚弄したフォークソングを歌っていたこともあり、失礼な歌詞だから止めてくれと言ったが聞かなかった。

応援団、本字で書けば應援團。その練習は、なぜここまでやるのかという理不尽の一言に尽きる。本番では応援する側として、主役を引き立たせる役に徹しなければならない。俺が俺がという目立とう精神で立つわけにはいかないのだ。団員は決して威張っているのではない。母校応援のため、誰よりも本氣になっているだけだ。

深夜のテレビを見ていたら、静岡県内の高校応援団の特集番組を放送していた。いまだに硬派を貫く高校が健在することに感動した。
林塾も、政界最高の硬派集団でありたい。