思索瞑想の時間によって、本当の自分を取り戻せ!

こんばんは。本当に早いもので、今年も師走となりました。
先週から神戸→岡山→東京→四国中央を回り、明日は東京、明後日は会津で講義します。日本改新のため、東奔西走の毎日です。

◆また、6日(日)は遠州森町で講演します。
★遠州とこわか塾 12月6日(日)午後3時~4時半頃
小國神社 研修室(静岡県周智郡森町一宮)
演題「和の心と日本的経営~その基本精神七箇条」
お問い合わせ:0538・89・7302(小國神社社務所)

●日記● 平成27年11月26日~30日

◆11月26日(木)、早朝の午前4時頃、夢に松下幸之助翁が出てきた。

6名くらいで会議をしているところへ松下翁がやって来た。最晩年の髪型で、スーツ姿にネクタイを締め、ご自身で歩かれていた。
私は懐かしくて嬉しくてオイオイ泣いた。

翁曰く「若い人たちで進めて、どんどん新しいことをやりなはれ。
グローバル化は結構やが、日本を大切にせんといかん」。

丁度その頃、東京で開かれていた林塾の執行部会議が終わっていた。
きっと松下翁も心配されて、会議に“お越し下さった”のだろう。

かつて孔子は「ひどいものだ、私の衰えは。久しく周公を夢に見ていない」(『論語』述而第七)と言われた。(周公は周を建国した武王の弟で、兄の政治を補佐した大人物)。

孔子は周公を一番尊敬していた。だから何度も夢に見た。ところが最近はご無沙汰なので「ああ、私の志は衰えたものだ」と嘆いたのである。

夢に師匠が出て来る内は、大いに大丈夫ということだ。
よしっ!もっと弟子たちに任せることにしよう。

なお、昨夜は大阪南部でも、林塾メンバー約6名による行動会議が開かれていた。松下翁の“ご参加”は、東京と大阪の両方だったようだ。

◆さて今日11月26日(木)は、神戸の今啓林会で綜學講座「士道と学問」
6回目の講義。教本は吉田松陰の師・山鹿素行著の『聖教要録』。
山鹿兵学が実学であることを詳説。
林塾から福丸孝之塾士と上田光夫塾士が参加。

本日のキーワードは「中」「道」「理」の3つだ。
「中」…中庸(調和)を尊び、中心を捉え、何事にも動じてはならない。
「道」…道は「より所」であり、積み重ねによる進化発展の基本線なり。
「理」…物事には道理がある。道理に基づく全体の分析をコトワリという。

◆11月27日(金)、岡山連続講座「江戸日本学」で講義(第2回)。
演題は「幕末の日本に来た外国人が見たもの・感じたこと」。
江戸期の日本人は、幸福そうで、よく笑い、律儀で正直だったことについて述べた。

◆11月28日(土)~29日(日)、政経倶楽部連合会・本部役員研修で講義&指導。麹町のホテルで計10時間の合宿研修となる。
部屋の窓から皇居を拝し、冠雪の富士山を望むことが出来た。
参加者は役員のみ7名。

まず「3つの基本理念」である「共生文明の創造」「高徳国家の建設」「公益経済の確立」について4時間の講義・質疑応答を行い、その後、一人に1時間かけて、基本理念の置き換発表と相互アドバイスを実施。
これからの発展のため、大変実りある合宿になったと自負している。

◆11月30日(月)、四国中央立志会で講義。昼の部の社長・幹部対象セミナーでは、『論語』に学ぶ経営者・経営幹部の心得について話す。
林塾から浜口卓也塾士が参加。

夜の部の社員・中堅対象セミナーでは、松下幸之助著『社員心得帖』を教本に、下記の内容を解説。80名を超えるご参加を頂いた。
無理解な先輩や上司のもとでの仕事するときの心得。
会社の歴史を学ぶことの価値。
挨拶や返事をし、履き物・椅子を揃えることの意味。

●評論・随筆●

◆思索瞑想の時間によって、本当の自分を取り戻せ!◆

明治の大政治家であった小村壽太郎は、十分な思索の時間を持っていた。

外務大臣の頃の小村侯は、朝7時頃に起床し、まず冷水摩擦。ダンベル(鉄アレイ)を振ること約10分間。寒中でも窓を開け放って深呼吸。
それから書斎へ出て、新聞を読み、朝食を摂る。服を改めてから登庁し、大臣としての執務(事務)は午前中までで終わり。

昼食後は、衣服のままソファで1時間ほど午睡(昼寝)を取り、その後、長ければ夕方まで思索瞑想の時間とする。
日英同盟の締結、日露戦争とポーツマス条約など、外交の諸問題に対しての解決策は、そうやって練られたらしい。

忙しい人物ほど、静かに思考する時間が必要となる。他の人間に任せられることは任せ、どちらでもいい役職は断り、煩雑な日常を整理して、可能な限り自分にしか出来ないこと(天命)に集中すべきだ。そうして、もっと自分の時間を持たねばならない。

志士政治家には、国家の進路を指し示すという重要な使命がある。日本とは如何なる国か、我が国の原点とは何か、何を守るのが保守政治なのか、世界は大局的にどう動くか、その中で日本と日本人にはどういう使命があるのか。
これらのことを思考する時間が、指導者には大いに必要である。

目の前の業務に追われている内に、それで仕事をやりこなしているかのような錯覚に陥ってしまう。そうならないよう、思索瞑想の時間を持つことによってよく己を振り返り、本当の自分を取り戻そうではないか。
(エピソードの出所:小村捷治著『骨肉』鉱脈社111頁・125頁)

◆民族大移動を伴う世界史激変の転換期◆

文明評論家の村山節先生が確立された「文明法則史学」によれば、世界文明は東西に分かれ、800年周期で入れ替わってきた。その交代期(約100年間)は民族大移動を伴う世界史激変の転換期となり、今回の交代期は21世紀の今である。

西の文明は崩壊し、東の文明の時代がやってくるのだ。弟子の一人として、この文明論を啓蒙して約35年が経った。

文明交代期に入ると、それまで圧倒的な力で世界をリードしてきた旧文明が、音を立てて崩れ落ちていく。旧文明の周辺に位置する、異質にして野性的な集団が、旧文明に激しく襲いかかるのである。21世紀の今、旧文明と化したのは西欧文明であり、異質にして野性的な集団はイスラムとロシア、そしてチャイナではあるまいか。

パリでは、“イスラム国”による同時多発テロが起きた(11月13日夜)。
米欧に組みするトルコと(西欧に対して異質である)ロシアは、シリア問題をめぐって対立関係にあったが、ついにロシア軍機撃墜という軍事衝突が起きた(11月24日)。

13億6700万人もの人口を抱えるチャイナは、経済力を高めることで世界に躍り出た。もしもチャイナが内部分裂したら、武装した難民が日本列島に押し寄せることになるだろう。

文明交代期は約100年間続き、今回は1975年~2075年が転換期となる。その中で2025年~2050年あたりが、最も激変期になると予想されてきた(村山節先生)。

中東や北アフリカから欧州に押し寄せる難民問題は、とうとう「21世紀の民族大移動」(池上彰氏)と呼ばれるようになった。だが、民族大移動と呼ぶには、まだ入り口に過ぎない。

ゲルマン民族の大移動を例に取れば、その内容は殺戮・略奪・暴行にあった。
男は殺され、食糧とめぼしい宝は奪い取られ、女はレイプに遭った。

これから先、膨張資本主義が終焉のときを迎え、人類の生活が一変せざるを得なくなる可能性がある。そうなれば、人類全体が「文明交代期の難民」と化し、酷ければ世界中で激しい動揺が起きかねない。

そのときの備えを、今から整えておく必要がある。防衛・治安は勿論のこと、“自給自足”で乗り切るための準備も怠ってはならない。水・食糧・資源・エネルギーなどの確保だ。

その点、日本の地方は大変豊かである。いずれ都会に住めなくなった国民が、地方に“民族大移動”を起こす日が来るかも知れぬ。

こういう話は杞憂に過ぎず、“自給自足”などという準備が不要に終わることを願ってやまない。

◆公益経済と日本的経営、そのキーワード◆

市場は戦場、同業者は敵、社員は道具。

ひたすら規模拡大を目指して戦い、客を平気で騙す。数字上の成果を上げても、心身はボロボロ。

それでいいわけがない。経営者、従業員、その家族、消費者、社会、地球のどこかにしわ寄せがいくのではなく、全体を円満且つ年輪のように成長させていく道があるはずだ。

それが公益経営や公益経済、即ち日本的経営である。

理念経営、信用第一、互恵繁栄、年輪成長、公益公器、上下一体、感謝報恩などが、そのキーワードとなるだろう。

◆何かを託されて生きている人は強い◆

フィギュアスケートの羽生結弦選手は、東日本大震災で亡くなった人々から、日本を元気に照らすことを託されて生きているように思う。
だから苦境に強いのだと。

真っ当な愛国者の中に、特攻で散華された英霊から、日本国の再生を託されて志士となった人が沢山いる。彼らには一様に土性骨というものがある。

自分に託してくれる人は、親や先祖、歴史上の人物、師匠となる人、仲間や同志など様々だ。

いずれにせよ、これは自分の役割だと腑に落ちるものがあったとき、見捨てるわけにはいかない、放っておけないという感覚が出会いから生じたときは、何かを託された可能性が高い。魂に火が付くことで分かるはずだ。

私欲よりも公欲を大きくし、感性を鋭敏にすれば、きっと託されて生きる人生への脱皮が起こるだろう。その始まりは今日かも知れない。