都会に咲く野花の努力

こんばんは。
フィギュアの羽生弓弦選手が、また最高点を叩き出しました!
羽生選手は「練習中や合宿の控室で仲間がワイワイやっている中、ひとりで鏡を見ていることが多い」のだそうです(「日刊ゲンダイ」12月14日(月)15時2分配信より)。

超一流の人物は、その多くが孤独癖というものを持っております。
それによって周囲に流されず、自分を低めないで済むのです。
羽生選手もその一人のようですね。

◆今週は名古屋→神戸→広島で講義します。
☆政経倶楽部連合会・名古屋支部例会
12月17日(木)開場午後6時、開始6時半~8時45分終了
「古事記」日本神話に秘められた日本の原点
会場:ウインクあいち(名古屋駅桜通口から徒歩5分)。
会費:会員2000円 ビジター3000円
連絡先:名古屋支部幹事長 長岡さん携帯090・6461・1603
→ nagoya@seikei-club.jp

☆今啓林会(神戸)12月18日(金)午後6時半~9時
綜學講座「士道と学問」吉田松陰の師、山鹿素行が教える武士の素養
『聖教要録』中【第七講】
「徳」…世の為・人の為、行動によって磨かれた人間力が徳。先天・後天あり。
「仁」…仁は相手を思い、尽くすところの真心。仁なくして勇氣起こらず。
「禮(礼)」…敬う心を形に表すことを礼という。礼は人間社会の潤滑油。
「誠」…そうせざるを得ない思いから来る知行合一を誠という。
会場:神戸一宮神社 社務所  参加費:ビジター3000円
電話078・242・3399(今啓パール(株)今井啓介さん)

☆広島文明維新塾(第13期)
第3講「大和言葉」~人類の根本神話=古事記に学ぶ日本の思想~
日時:12月19日(土)午後5時~8時
場所:岡重ビル地下1階「プレアホール」広島市中区大手町1-1-23
参加費:一般3000円(当日受付) 学生1000円
電話090・4650・1011(事務局長 脇晃司さん)
http://bunmei-ishin.com/

●日記● 平成27年12月9日~12日

◆12月9日(水)、自宅事務所の草刈りをした。
年末の草刈りは寒くて大変なはずだが、今年は汗を沢山かいた。

以前であれば、草の多くが枯れていて、作業自体は夏よりもはるかに楽であったように思う。ところが今冬は、まるで春が来たかのような柔らかい新緑の雑草がびっしり生えていて、随分手間が掛かった。
いつもなら落葉している藤や林檎の木は、まだ葉がかなり残っている状態だ。

◆12月12日(土)、昨日は風が強く生暖かい日だった(浜松)。地域によっては夏日のところもあり、各地で12月の最高気温を更新したようだ。

地球の気象は、確かに異常になっていると感じる。
災害対策と食糧確保は、必須の政治課題である。

夜は岡山で「士道と学問」第四講。
教育は国家の基盤であり、人は教えられて人となるということと、読書の心得について話した。最高の学問を教授しているという自負がある。
懇親会の鴨鍋が美味しかった。

●評論・随筆●

◆都会に咲く野花の努力◆

建物や道路の片隅、アスファルトやコンクリートの隙間に育つ野花がある。
浜松の自宅事務所や、京都の綜學社研修所にも野花が育っている。厳しい環境の中で健気(けなげ)に咲いている姿を見れば、やはりジーンと来る。

土が少なく、花粉を運んでくれる蜜蜂がおらず、常に人や車に踏み潰される危険にさらされているのだから、確かに環境としては劣悪だ。しかし、他の植物との生存競争に晒(さら)されることが少ない分、実は悠然と生きていられるらしい。

勿論(もちろん)そこには、能力を養う努力がある。都会で咲く野花には「高く育つより横に広がれる能力。大きな花でなく、小さな花を早くたくさんつけられる能力。踏みつけられることで靴やタイヤにつき、遠くまで運ばれる能力。
虫が来ないときは自力で受粉する「自殖」能力」があるとのこと(平成27年12月10日付日経新聞・富田律之氏の記事「都会の花」より。静岡大学の稲垣栄洋教授へのインタビュー)。

生存競争に弱くても、ちゃんと自分が生きられる場所を見つけ、そこで知恵を使って工夫すれば必ず「生き筋」があるのである。野花の努力を人間社会に置き換えれば、次のような心得が浮かんでこよう。

能力に合わせた成長を心掛け、無理して目立とうとしない。根を深く張れない場合は、基盤を横に広げていく。小規模の仕事を疎かにせず、信用第一に小を積んで大と成す。世間の冷たい仕打ちや妨害にめげることなく、困難をバネに変えて活動を続けていく。ブームをあてにして仲間を増やすのではなく、日常の努力によって組織を伸ばしていく。

日本企業の99%以上が中小零細企業だ。大企業のような大輪の花でなくていい。厳しい場所しか選べなくても、知恵を使って努力すれば、きっと固有の魅力に満ちた美しい花を咲かせることが出来るだろう。

◆現代思想の二つの問題点◆

一つは、あらゆるものを細分化・専門化し、部分観に陥って全体観を見失ったこと。心だけ、体だけ見ていたら部分観に迷い込み、教育は人を育てられず、医療は人を救えなくなる。

もう一つは、本当は無いのに頭の中だけで有ると思い込み、観念に陥って実在を観られなくなったこと。

この世に同じ物は二つと無い。それなのに、同じでなければいけないという観念的平等観に囚われると、運動会の徒競走で全員一緒にゴールさせてしまうような滑稽(こっけい)な事態が起きてしまう。

部分観と観念の弊害。これらを分かっておかないと、何をやっても益々悪くなる一方だ。思想の混乱こそ、人類にとって一番の害悪である。