人物を見抜くための基準

こんばんは。
夜は冷えますね。
今夜も雪の降っているところが多いと思います。

◆昨日は政経倶楽部連合会・千葉県支部1月例会で、老子と『道徳経』をテーマに講義しました。経営者やビジネスマンなど約40名が、とても熱心にお聴き下さいました。

東洋思想を学ぶ人たちが増えていることを嬉しく思います。
文明の転換も、理念が伴わなければ本物になりません。新文明の理念としての東洋・日本思想を、これからも共に学んでまいりましょう!

◆安岡正篤先生の言葉を紹介します。人物を見抜くための基準です。

「将来の人物か過去の人物かの相違は、吾れ何人ぞやと考えるか、誰それはあゝだ斯うだと他人の批判ばかりしているかどうかの一点にある。」
(財)郷学研修所・安岡生篤記念館「郷學」第74号2ページ

自分は何者であり、どんな天分を持ち、何をするのが我が天命か。
それをちっとも考えようとせず、ただ人物評や世間話に明け暮れている。
その人本人がどこにも見当たらないような軸足の定まらない有様では、もう終わっている過去の人に等しいという意味です。

常に自分に置き換え、我が事として世の中を捉えられてこそ、将来の人物たり得るというわけですね。

◆2月度各地志塾・勉強会のご案内を追加致しました。
各地の世話役の皆様には、いつもお世話になり誠に有り難うございます。
日時・会場・内容など、入念なご確認をお願い致します。

2月1日(火)は東京・経世志塾で講義します。
詳細は「2月度:勉強会などのご案内」をご覧下さい。