国の宝となれ

こんばんは。浜松の最高気温は17度でした。
皆さんのところでは、桜の開花は如何でしょうか。

◆来週は四国で講義します。是非ともお運び下さいませ。
四国中央立志会
☆社長・幹部対象 3月28日(月)午後2時~4時
『論語』に学ぶ経営者・経営幹部の心得 第6回

☆社員・中堅対象 3月28日(月)午後7時~9時
松下幸之助著『社員心得帖』に学ぶ 第4回

参加費:2000円(初回無料)
会場:両講座とも ホテル グランフォーレ(四国中央市三島朝日)
会場お問い合せ 電話0896・23・3355(ホテル グランフォーレ)

◆林塾・選挙のお知らせ
3月27日投開票 清水正康塾士(1期生)長野県宮田村議選
3月27日投開票 佐藤宗太塾祐(9期生)福島県会津坂下町議選
4月3日投開票  杉原利明塾士(7期生)広島県三次市議選
4月10日投開票 敷知龍一塾生(11期生) 大阪府茨木市議補選

●日記● 平成27年3月19日~23日

◆3月19日(土)、広島文明維新塾(お脇貢司事務局長)で講義。
「徒然草」~日本人の美意識・自然観・恋愛観をテーマに話す。
とても熱心な方々がお集まり下さり、大いに賑わう。
林塾から、荻村文規塾士(8期)と瀬木寛親塾生(11期)が参加。
荻村塾士は、広島文明維新塾の塾頭なり。

◆3月20日(日)、林塾「政治家天命講座」第11期・西日本合同例会で、「文明800年周期論と東西文明の交代」について講義。
大阪は生駒山の山中にて、約40名の合宿となる。※下記に関連記事有り。

◆3月22日(火)、超党派の国会綜學勉強会(宮下一郎筆頭世話人、通算18回目)で日本語の特徴と言語政策について講義。
「腰が抜けて立てなかった」、「目からウロコが落ちた」というご感想を頂く。
懇親会も盛り上がった。

◆3月23日(月)、清水坂下の定宿を出て、妻恋神社・妻恋稲荷、神田明神、湯島聖堂、ニコライ堂に参拝・礼拝。関東から日本改新が進むよう祈念。

●評論・随筆●

◆国の宝となれ◆

問題を目の前にして、その本質を見抜ける者は少ない。眼力が無いのだ。

問題は見抜けても、それを間違いであると主張出来る者は少ない。
勇気が無いのだ。

間違いを主張出来ても、解決方法を構築し、大局から細部に至るまで的確に提案出来る者は少ない。知恵が無いのだ。

解決策を提案出来ても、それを成功するまで実行する者は少ない。
胆力と根氣が無いのだ。

問題を見抜き、それを訴え、具体策を出し、成功するまで本氣を貫く。
そういう英傑は、国の宝なり。

◆勝利への意欲と、勝つための余裕◆

横綱挑戦中の大関・琴奨菊が、いいことを言っている。
「勝ちたい、勝ちたいという気持ちと、それを上回る余裕があって初めて勝てる」(平成28年3月20日付日経新聞朝刊、記事・吉野浩一郎氏)。

勝つぞという気迫や欲が無ければ勝てない。合わせて、それを上回る余裕があること。それで初めて心身が統一された状態となり、自ずと勝てるようになるというわけだ。

では、どうやって余裕をつくるか。それには、一心に稽古に励むこと、基本動作を疎かにしないこと、相手を研究し工夫を怠らないことなどが大切だろう。

商売に置き換えれば、「売りたい、売りたいという気持ちと、それを上回る余裕があって初めて売れる」、啓蒙活動なら「伝えたい、伝えねばという気持ちと、それを上回る余裕があって初めて伝わる」ということになる。

余裕のためには、売ろうとする物の価値がどこまで分かっているか、伝えたい事の素晴らしさを、どこまで理解しているかが問われる。人間性や人柄も大事だ。
人間を気に入って貰えなければ、何一つ売れないし伝わらない。

よくあることだが、「勝とうと思え」というアドバイスを受けると、重心が上がって勝てなくなる。肩肘張って呼吸が短くなり、身体が硬くなるのだ。
一方で「余裕を持て」と注意されると、気迫が消えて中心力も無くなる。
こういう偏りが一番いけないと思う。意欲と余裕のバランスが、本当に大事である。

◆思う存分、天命に生きよ!◆

21世紀になると、ヨーロッパや中東方面に大きな動乱が起き、民族大移動の嵐が襲う。

市井の文明研究家であった村山節先生は、少なくとも40年以上前から、そう警告されてきた。

東西文明は、800年毎に文明交代期を迎える。
今度の交代期は21世紀、すなわち今。

この文明交代期を乗り越え、世界人類を救う先頭に立つところに、我が国の役割があるのだ。

20日は、林塾「政治家天命講座」西日本合同例会で、この文明法則史学を講義した。

巨大な座標軸によって大人物が生まれる。幕末維新期は、蘭学や洋学が座標軸となって、龍馬や晋作、海舟、西郷らが育った。

文明転換期の真っ只中の今、文明800周期論が志士たち共有の座標軸となるのである。

打てば響く現代の志士たちよ、思う存分、天命に生きよ!

◆コーヒーの失敗◆

コーヒーを飲み始めたのは、中学生の頃だった。
試験勉強で夜遅くなるとき、眠気覚ましによく飲んだ。

ドリップ式などの本格派ではなく、家にはインスタントしかなかった。

ある日、母が顆粒タイプのインスタントコーヒーを買ってきた。
その粒々を見て「これが本当のコーヒーなんだ。
いよいよ我が家も本物志向になったぞ」と感動、いや錯覚した。

さて、いれ方が分からない。確かカップを用意して紙か何かを乗せ、そこにコーヒー豆を入れ、上からお湯をゆっくり注げば、下にコーヒーが溜まるはずだ。そう考えて、カップの上にガーゼを敷き、粒々のインスタントコーヒーひとかたまりを中央に乗せ、そこにお湯を注いでみた。

すると、粒々が溶けていき、カップに褐色のコーヒーが、ちゃんと溜まっていくではないか。私は「やった!」と心の中で叫んだ。本格的コーヒーのいれ方も、実に簡単なものだと“納得”した。

ところが、見られたくない結果が待っていた。そのままお湯を注ぎ続けたら、顆粒はすっかり溶けて、ガーゼは真っ白になってしまったのだ。

「どういうわけ、これは」。「そうか、インスタントコーヒーが顆粒になっただけだったんだ」。そう気付いて、直ちにガーゼを捨て、コーヒーはそのまま飲んだ。コットン風味の変な味だった。

今日も自宅事務所で、コーヒーを飲みながら庶務をやっている。相変わらずインスタントだが、次男が父の日にくれたバリスタを使うようになった分、随分進化したなと思う。