国民への愛情と、国家への情念

こんばんは。各地で桜が咲き出しましたね。

◆本号の「日記」の小見出しです。→内容は下記をご覧下さい。
☆四国中央立志会で講義

◆本号の「評論・随筆」の小見出しです。→内容は下記をご覧下さい。
☆このままでは、英雄や豪傑が出なくなってしまう
☆国民への愛情と、国家への情念
☆身勝手な人間に組織を荒らされないために…
※この評論と、本号連載の内容に矛盾があるとお感じになる方がいらっしゃるかも知れませんが、決してそうではありません。両方が分かってこそ、優れた指導者となれるはずです。

◆林塾・選挙結果のお知らせ。木疎遠誠に有り難うございます。
◎トップ当選 3月27日投開票 清水正康塾士(1期生)長野県宮田村議選
○辛勝当選 3月27日投開票 佐藤宗太塾祐(9期生)福島県会津坂下町議選

◆林塾・選挙のお知らせ
4月3日投開票  杉原利明塾士(7期生)広島県三次市議選
4月10日投開票 敷知龍一塾生(11期生) 大阪府茨木市議補選

●日記● 平成27年3月25日~29日

◆3月25日(土)~27日(日)、世界を相手に日本を守った明治の外務大臣「小村壽太郎」の講義準備を進め、概ね整う。いつでも講義OKなり。

◆3月28日(月)、四国中央立志会で講義。社長・幹部対象では、『論語』に学ぶ経営者・経営幹部の心得の第6回。社員・中堅対象では「松下幸之助著『社員心得帖』に学ぶ」シリーズの第4回。会場は70名を超え盛況に。

◆3月29日(火)、四国からの帰りに京都・綜學社研修所に立ち寄り、坪庭を眺めながら思索にふける。

●評論・随筆●

◆このままでは、英雄や豪傑が出なくなってしまう◆

社会全体が、大変ヒステリックになっている。有名人のアラ探しをしては問題を露わにし、話題を沸騰させるというやり方は、一種の集団的リンチではあるまいか。社会が劣化し、安全地帯に身を置きながら、成功者イジメを楽しんでいる輩が増えたのだ。

一度(ひとたび)悪者のレッテルを貼られた者は、誰も助けてくれない。
擁護すれば、悪者の仲間と見なされて、その人にまで激しい攻撃が及んでいく。

かつて軍部が暴走した時代に、軍主導の強圧政治に対して、誰も文句を言えない事態が起きていた。それと同様に、攻撃的に形成された世論に、誰も逆らえない状況が生じているように思う。社会が、異論や少数意見を聞く耳を失っているのだ。

そもそも完全無欠な人間なんていない。誰だって、叩けば何かしら埃が立つ。
長所と短所は表裏一体であり、能力の高い者ほど欠点も大きい。社会に貢献する実力者ほど変人・奇人が多く、よく動く分、反作用として、誰かに迷惑をかけながら生きてきたのである。

明らかに悪逆非道な者ならば、擁護は不要だ。世間は、そういう者をよくチェックし、何かの間違いで指導的地位に就けたりしないよう注意しなければならない。

だが、これくらいなら本人に反省させれば済むという程度のこともある。
少々臭いからといって、味噌もクソも一緒くたにして捨ててしまうような愚は避けねばならぬ。でないと、特別問題は無いが、凡庸で何の役に立たないという小物ばかりになって、この先、英雄や豪傑が出なくなってしまう。

要は、欠点も含めて、英雄・豪傑を好きになれるかどうか、応援出来るかどうかだ。

皆で寄ってたかって人物を潰す。その結果、世の中がおかしくなると、今度は社会と政治をとことん悪く言う。そうして、自分で自分の首を絞めることになってしまうのだ。

教育によって一念発起して良くなる者もいるし、環境に揉まれている内に段々悪くなる者もいる。案外人間は、変化に富んだ多面的な存在である。一面的に決めつけないで、世に出る人を、もう少し長い目で見る余裕があってもいいのではないか。

◆国民への愛情と、国家への情念◆

民衆を助けたいと願う政治家の中に、福祉や社会保障には熱心だが、国家観や歴史観に乏しい者がいる。国家を愛し国史を尊ぶ政治家の中に、防衛や歴史教育には一所懸命だが、人々の暮らしに対する関心が薄いという者がいる。

前者は、国家がしっかりしてこそ、福祉が充実するという事実を見ようとせず、後者は、国民が幸福になれてこそ、国家に存在意義が生まれるという現実を忘れているのだ。

何としても国民の苦しみを和らげ、皆が幸せになれる世の中を創りたいという熱意。そして、そのために日本国の主権を守り抜き、幸福の基盤となる伝統文化を守り抜こうという使命感。これらを、車の両輪のように併せ持った政治家が必要である。

戦国時代を見ても、クニ(領国)とタミ(領民)の両方に意を注いだ大名は、いつまでも愛されて、今も人気が絶えない。両輪のバランスが良いからだ。

国家観の強い政治家には国民への愛情を、福祉や生活を得意とする政治家には国家への情念を、それぞれ磨き高めて欲しい。そうすれば、さらにバランスの取れた経世家となって頂けるはずである。

武士には仏の心が、僧侶には鬼の心が必要であるというのも、意味として似たところがある。兎に角、部分観に陥らないよう注意したい。

◆身勝手な人間に組織を荒らされないために…◆

詐欺師のような饒舌な人間に、我々はどうして騙されてしまうのか。
理由は簡単。全部ウソを言っているわけではないからだ。
むしろ、9割は本当のことを喋っている。

同様に、身勝手な人間に、コロッと信じ込まされてしまうのも、全部が私心から出た行為ではないからだ。行動のかなりの部分が、本人なりの信念や善意から起こされている。だが、肝腎なところや最後のところに、強烈な私心や野心が突き出てくるから問題となるのだ。

そういう者は、通常の実務がきちんとしているし、相当の成果も上げてくれる。
だから、周囲から批判が起こっても、それは嫉妬心から言っているというくらいにしか思えない。

自分としては、彼の良いところだけ見て、今後の成長に期待をかけてきた。
ところが、実はこちらを騙そうとしていた、乗っ取ろうとしていた、などということが判明するに至るのである。

デキル者の中に、地位が与えられると、有頂天になっておかしくなる輩が実際に存在する。組織の長は、部下をよく観察し、身勝手な人間に振り回されることの無いよう、よくよく注意しなければならない。特に、自分より弱い立場の者に対して威張り、能力の低い者を見下して悪く言い、目下の者に横柄な態度を取るような場合は、自分勝手なタイプと見て間違いない。

では、有能な部下が優秀な成績を出したときは、一体どう処遇すべきか。
すぐに地位を上げたりせず、まず“特別報償(ボーナス)”で応えつつ、本当に素直で誠実な人間かどうかを観察していこう。

西郷隆盛も、同じ意味のことを語っていた。おそらく西郷さんも、有能な部下に高いポジションを与えた結果、独断専横をやられて閉口したという経験を味わっていたに違いない。

現在その身勝手な者に組織を荒らされているという場合は、今こそ全体を生かすためにウミを出さねばならないときなのかも知れない。カビの生えたミカンをそのままにしておくと、回りのミカンも腐っていく。素直で誠実な部下たちまで、腐らせるようなことがあってはならない。

これは余談だが、役人根性、お役所仕事などという言葉について思うことを一言。これらの言葉が示す通り、役所というところは堅苦しくて、人が伸び伸び働けない場所なのだろうと以前は思っていた。が、最近は違う。

役所には、優秀な人間が集まっている。知識が豊富で、能力も高いのが官僚だ。
だからこそ、そういう優秀な人間に勝手をさせないための管理システムが、役所には存在していると考えるようになった。そして、役所と官僚に方向性と使命感を与え、これを生かしていくのが志士政治家の役割であるとも。