誰でも自分の事になると、よく分からなくなる

こんばんは。明日は神戸、明後日は岡山、今週は講義に東奔西走です!

◆本号の「日記」の小見出しです。→内容は下記をご覧下さい。
☆11日(月)は東京、13日(水)は大阪の経営実践研究会で講義。
☆12日(火)は、浜松の東林志塾で講義。

◆本号の「評論・随筆」の小見出しです。→内容は下記をご覧下さい。
☆変人扱いされている者の中に大人物が潜んでいる
☆政治が混迷するのは、お手本となるモデルが無いから
☆誰でも自分の事になると、よく分からなくなる

◆林塾・選挙結果のお知らせ。ご支援を賜り誠に有り難うございました。
◎トップ当選 3月27日投開票 清水正康塾士(1期生)長野県宮田村議選
○辛勝当選 3月27日投開票 佐藤宗太塾祐(9期生)福島県会津坂下町議選
○堂々当選 4月3日投開票  杉原利明塾士(7期生)広島県三次市議選
●次点惜敗 4月10日投開票 敷知龍一塾生(11期生) 大阪府茨木市議補選

◆来週は大阪で講演します。400名以上集まるそうです。
★大阪・レオ財団「特別講演会」4月21日(木)午後7時~9時半
「あと君に足りんのは志や」~志大国日本を創ろう!~
会場:大阪マルビル・大阪第一ホテル ※参加無料ですが紹介が必要らしいです。

●日記● 平成28年4月11日~13日

◆4月11日(月)、経営実践研究会(藤岡俊雄理事長)「特別講演会」で講義。
演題は「志士経営者が進む公益経済への道」。公益経営を目指す青年経営者ら約40名が参集。懇親会終了まで、大変な熱気で包まれた。

◆4月12日(火)、午前中は東京ステーションホテルラウンジで会談。
夜は浜松の東林志塾(日内地孝夫塾頭)で講義。
『聖教要録』から下記内容を分かり易く講義する。
「陰陽」…陰陽が二極共生して万物が造化
「五行」…陰陽は形となり、木・火・土・金・水の五行が生じて循環
「天地」…氣が昇って広がれば天となり、降って集まれば地となる

◆4月13日(水)、11日と同じ内容を大阪の実践経営研究会で話す。
会場は約70名の参加者で満席となり、補助席が用意された。
大阪も凄い熱気だ! 林塾から南出塾士と藤田塾士が参加。

●評論・随筆●

◆変人扱いされている者の中に大人物が潜んでいる◆

世の中を良くしたいのか、世の中を巧く泳ぎたいのか。
世の中に関心を持つ点は同じでも、徳において天地の開きがある。

プールなら、前者は水をキレイにしようと志すのに対して、後者は汚い水を好む。そのほうが泳ぎ易いのだろう。

気を付けないと、口達者な後者にコロっと騙されてしまう。
口では、日本を救うとか、未来を創るとか言っているからだ。

では、どこで見分けるか。前者は名利に薄く、困っている人を放っておけない。
損を承知で奉仕活動などに励み、まわりから変人扱いされていることも多い。

そして、計算高くない分、利発そうでなく、アホに見られたりしている。
むしろ、そういう者の中に大人物が潜んでいるものだ。

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。
此の始末に困る人ならでは、艱難(かんなん)を共にして国家の大業は成し得られぬなり」西郷隆盛

◆政治が混迷するのは、お手本となるモデルが無いから◆

なぜ日本の政治が混迷しているのか。その大きな理由に、先を行くモデルが見当たらないということがある。

モデルとなった。また、家康が幕府を始めるときは鎌倉幕府がお手本とされた(即ち、鎌倉武士政権が起こされたとき以外は、必ずモデルが存在した)。

日本は明治維新以来、西欧の何をモデルとしてきたのか。それは、イギリスを先頭に誕生し、ここ数百年間の世界を支えた資本制の社会システムであった。

このシステムによって、世界中が工業化社会で覆われ、利益の大きさと物的豊かさで価値が計られる物欲文明が広まった。21世紀になって資本主義は、マネー資本主義や株主資本主義となって膨張を続けた。そして、目的の無い利益の無限追求に、多くの人々が疲れ果て、疑問を感じる段階に到ったのである。

日本の使命は、この耐用年数の過ぎた資本制の社会秩序の、次に来るものを創造するところにある。それは、新しい文明観・人間観・経済観などを掲げる、清新な政治家集団と、公益経済を担う経営者集団によって創造されることになるだろう。従って、モデルは自前で創らねばならないというわけである。

なお、公益経済は、天地自然の原理を生かすことと、地域経済生態系を再生することと、物心両面に渡って幸福をもたらすことを基本とした経済原理(進化型資(志)本主義)であると考えている。

◆誰でも自分の事になると、よく分からなくなる◆

霊能者と言われる人たちがいて、その高い霊感で、普通の人では分からないことを言い当て、未来を予知する。人へのアドバイスも、問題の本質を捉えており、口から出てくる対策は実に的を射ている。

この人は、まるで神様みたい。神様でなくても、その使いに違いない。そういう評判が立ってしまうほどなのに、自分や家族の事になると殆ど分からなくなる。
霊感がちっとも働かず、問題に対して、あたふた慌(あわ)てるだけ。

そうした落差のある現象は、霊感の強い人にだけ起こることではあるまい。
他人へは冷静に助言出来ても、自分に関しては雑念で頭が混乱し、よく分からなくなるということは、誰にでも生ずる普通のことだ。

そこで必要になるのが、人の忠告やアドバイスを、素直に聞く耳だろう。

自分の顔は鏡を見たときしか分からないが、周囲の人たちはいつも自分を見てくれている。自分の事をよく知っているのは、自分ではなくて、実は身近な他人なのである。

その人たちの意見を聞かない手はない。聞く耳を持って、積極的にアドバイスを求めよう。

但し、「ねえ、私のこと、どう思っているの?」とか、「私って、どんな感じ?」なんて抽象的に聞くだけでは、あまり意味がない。そうではなく、「私は、これこれの事をしようと思うが、あなたはどう思うか。上手くいくための注意点は何だろうか」などと具体的に尋ねてこそ、相手は有意義な助言をくれることになる。

お互い、自分の事は分からないが、他人の事はよく分かる。だからこそ、人は助け合うことで、より良く生きていける。そのように神様が仕組んだのかも知れない。

私の場合だが、いつも弟子たちから、的確な助言と忠告を貰っている。それも、私が教えたはずの原理原則で。本当に「老いては弟子に従え」である。