個々に偉くなるだけではダメ

こんばんは。大阪→広島→大阪→京都を回って、昨夜浜松に戻りました。
明日は「国会綜學勉強会」で、大和言葉と日本思想について講義します。
超党派の集まりで、通算19回目となります。

◆本号の「日記」の小見出しです。→内容は下記をご覧下さい。
☆大阪のレオ財団で「特別講演会」
☆林塾「政治家天命講座」第11期西日本合同例会
☆京都綜學社で研修会

●日記● 平成27年4月21日~24日

◆4月21日(木)、大阪のレオ財団「特別講演会」で話す。
演題は「あと君に足りんのは志や」~志大国日本を創ろう~。
会場の大阪第一ホテル・ホールは、200名を超える参加者で満席となる。
林塾から神谷宗幣、南出賢一、福丸孝之、植田龍一、足立将一が参加。
神谷は第二部トークセッションのコーディネーター、南出はパネラーを務める。

◆4月22日(金)~23日(土)、林塾「政治家天命講座」第11期
西日本合同卯月例会。会場の広島市内ホテルに27名が合宿。
九州勢の大半は震災対応のため、やむを得ず欠席。
下記演題で計6時間超の講義。
「日本史に見る社会秩序の盛衰と近現代日本史」
「松下幸之助翁が教える国家観と政治観」

◆4月24日(日)午後、大阪で山田宏氏を応援する会が開かれ、来賓として15分間講話。林塾からも10名ほどが応援に入る。

夕方から京都綜學社の研修会に合流。初期に学んでくれた長屋智揮君も東京から参加。彼はIT関係の仕事で早くも頭角を現してきており、志が立ったことを林に報告するために来てくれた。学生時代に学んだ綜學とその教え(原大本徹や全体観など)が、今とても役に立っているとのこと。

既に京都大学で「綜學サークル」がはじまっているが、関東でも起こることを期待している。学生の内に綜學を学んで貰う意味は大きい。

●評論・随筆●

◆個々に偉くなるだけではダメ◆

この塾は、個人の完成のためにあるわけではない。
一人ひとりの塾生が個々に成長するだけではダメで、塾全体が日本のため・人類のために活動出来るようでないといけない。

そのために必要なのが、塾全体の目標だ。塾が掲げる国是や、国家経営の基本方針も欲しい。

個人の使命と、塾の目標。これらを一つに結んで、塾を中心に新しい世界を創ろう。

繰り返すが、個々に優秀な人が育っただけでは、世の中を変える力にはならないのだ。

これは、松下幸之助塾長の松下政経塾へ掛ける思いの一端なり。
私は、林塾を通して師匠の遺志に応えていく所存である。
(参考『松下幸之助塾主 遺言集』松下政経塾編)

◆共通の師匠がいたからこそ◆

幕末維新期に、なぜ志士たちは、藩や出身地を超えて同志となれたのか。
その大事な理由に、共通の師匠がいたことがある。

思想面では朱子学・陽明学の師である佐藤一斎、歴史観では「日本外史」を著した頼山陽を挙げたい。

多くの志士たちが、一斎の弟子、孫弟子、ひ孫弟子となった。
また、日本外史は志士必読の歴史書であった。

それらの学びが共通言語を養った結果、彼らは出会ってすぐに意気投合出来たのである。

私は非力ながら、その役割を、天命として果たしていこうと志してきた。
文明論+大和言葉+東洋思想の、綜學を共通言語として。

◆「あと君に足りんのは志や」レオ財団講演要約◆

頭脳・腕力・金運など、何かに優れているのは一体どういうことか?
優れた点を天分という。天分を生かして、世の為人の為に貢献せよ。

天分を生かす道を見つけたときを立志という。
志を持って生きることほど素晴らしい人生はない。
「天分を磨く」ことと「世の中の役に立つ」ことをつなげて欲しい。

志(本氣)の種(原点)は、危機感や問題意識に潜んでいる。
問題に出会ったとき「どうせ世の中こんなものだ」と諦めるのか、それとも「だからこそ変えてやるんだ」と前向きになるのかが分かれ目となる。

世界は文明動乱期に突入した。アメリカの衰退、ヨーロッパを襲う民族大移動、イスラムの過激化、チャイナの膨張など。21世紀は東西文明の交代期だ。
(文明法則史学による800年周期論=林塾の大局観)

古事記(日本民族の原点)は、人類の使命を示している。
「この漂へ(え)る國(くに)を、修(おさ)め理(つく)り固(かた)め成(な)せ」と。漂えるクニは、未完成の宇宙環境なり。
日本人には、宇宙に通じる壮大な役割があるのだ。

今、自分が遭遇している問題も、一つの「漂えるクニ」との出会いである。
問題から、天命から逃げてはいけない!

「志立たざれば、天下成るべきの事なし」。「知は行の始め、行は知の成るなり」(知ることと行うことは同じ)。こう諭したのは明代の思想家である王陽明。
行動こそ本音なり。

また、日本武士道は「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。
二つ二つの場にて、早く死ぬかたに片付くばかりなり。
別に仔細(しさい)なし。胸すわって進むなり」と教えた。
(山本常朝(『葉隠』)

「二つ二つの場」というのは生きるか死ぬかという場であり、どちらに行こうか迷ったときは、命を賭けて惜しくないほう、自分にしか出来ないほう、大義(大きな正義)のあるほうを選べという意味だ。

2025~2050年は文明交代期の最激変期となる。
これを超えれば必ず日本の時代が来る!
志さえあれば、必ず道は開ける。共に志大国日本を創ろう!

◆途中でダメになる理由◆

せっかく何かを始めたのに、途中で上手くいかなり、中断したり解散したりすることがある。そういうときは、必ず自分にも理由があるものだ。私の場合、次の3点が失敗の原因になっていた。

その一、私欲から事を起こしていた。理念や大義も確かにあった。だが、それ以上に私利私欲が頭を擡(もた)げていた。こちらが欲で動けば、集まる人たちも欲で集まる。そして、利が無くなれば、人はサッと離れていく。そうしてダメになった。

その二、楽を求めていた。「この話が本当になれば、活動も生活も楽になる」。
そう思って安楽を期待して進めた事は、いつも空中分解した。迷ったときは厳しいほうを選び、自分にしか出来ない事に集中し、人生を賭けて行う。
この基本精神を忘れてはならない。

その三、焦りがあった。自分のスピードに付いて来られない者を、いつの間にか見下してしまう自分がいた。見る人は、ちゃんと見ている。性格の良い者から去っていくようでは本当に情けない。

これらとは別に、神々やご先祖が止めて下さった場合もある。「これはご加護を頂いた結果だな」ということが、後からハッキリ分かるのだ。その場合、必ずしも優しい止め方とは限らない。随分手厳しいこともあった。

以上は、あくまで私の経験談なり。この他、嫉妬が元でダメになることもあるから、十分注意したほうがいい。私は嫉妬心から他人の活動を妨害したことは無いつもりだが、それでも無視くらいはしてしまう。人間が小さくならないよう気を付けたい。