21世紀の時限発火装置

こんにちは。今日までお休みの方にとっても、連休は終わりですね。
仕事モードに切り替えたいところですが、今日は注目のボクシング世界戦があるし、大相撲五月場所の初日だし、大河ドラマ「真田丸」が面白いし。
なかなか誘惑が多いです。

◆今週は、浜松・東京・仙台・岡山・駒ヶ根で講義します。
会場や内容は、こちらからご確認下さい。どうぞ宜しくお願い致します。
→  http://www.hayashi-hideomi.com……/3292.html

東京(12日)はミニ講話です。(政経倶楽部連合会東京例会)8時~10時
メイン講師は國場幸之助塾士(林塾5期生、衆議院議員・沖縄1区)
「沖縄問題の本質・日本創生への道」会場:ルポール麹町(旧麹町会館)
→  https://www.seikei-club.jp/det……php?id=379

◆林の弟子が講義する「綜學講座」です。お気軽にご参加下さい。
【東京講座】「むさしの綜學塾」皐月例会
講師:伊藤 央(ひさし、林塾5期生、東京都小平市議)
日時:平成28年5月28日(土)13:00~16:00
場所:office megaphone-samurai
    東京都小平市学園東町1丁目15-5 1階
参加費:政治家2000円 社会人1000円 学生500円
内容:「大和言葉」とは
言語が失われると環境・民族・文化・伝統が失われる
大和言葉の特徴
日本語が日本人をつくる
コトダマ(言霊)とは
連絡先:042-307-9054(伊藤)
    megaphone.samurai@gmail.com

【大阪講座】第六回「綜學社福丸塾」
講師:福丸孝之(林塾1期生、大阪府茨木市議)
日時:平成28年5月15日(日)14:00~17:00
場所:茨木市立春日丘公民館和室(大阪府茨木市下穂積3・5・5)
参加費:1,000円(学生半額)
内容:坐禅、大和言葉「一音一音に意味がある日本語」、
原大本徹発表とアドバイス、素読
問い合わせ先:福丸(090・8883・4945)

●日記● 平成28年5月連休

連休中は普段の庶務の他、下記のデスクワークを進めることが出来た。
・新著校正作業の最終チェック
・ネット講義収録用フリップの原案作成(10分×10本)
・講義配付資料作成(5件)
・「松下幸之助は政経塾でこう語った」4回シリーズ講義準備
・松下幸之助塾長講義DVD視聴(計7本)
この他、自宅事務所の草取り(2日間)、孫と外出(恐竜展、原子力館など)

一応、やろうと思ったことは一通りこなしたが、連休は「あっと言う間」に終わることを改めて実感した。

●評論・随筆●

◆塾生になったのは天命だ!◆

松下幸之助塾長講話(昭和55年7月9日)

松下幸之助塾長は1期生を相手に、ここまで真剣に語っていた。当時、松下塾長は85歳、林は23歳。塾長の鋭い眼差しが、今も忘れられない。

「諸君が選ばれて塾生になったということも、これは、本当は諸君の力でもなければ私の力でもない。我々の目に見えない力が働いて、そして、この塾へお互いを引っ張り込んだのだと。これは、我々の力以外の大きなものの力でやっているのだと。そういうように考えてみてはどうでしょうか。

自分の小さい知恵才覚で塾へ入ってきた、あるいは塾を開いたと。そんな小さい考えではなく、「天が我々をして塾を開かせたのだ。天が諸君をして塾生たらしめたのだ。我々は天命に服するのだ」と、そういう考え方を持ってみる。

そうでなく、小さな範囲だけでものを考え、小さい目前の幸福感にとらわれていたら何もできない。それでは人を説得する力が出てこないわけです。

だから「我々の力でこの塾ができて、そして集まって来たんだ」と思ったのでは大きな力は出ない。「これは天命だ」と。「天の命ずるところであり、我々は、その天の命ずるままに動いたんだ」と、そういう考えを持たなくてはいけない。

小さい自分の知恵才覚で「こういうことをしたら損だ」とか、「こんなことをしたら出世が遅くなる」とか考えて、それで是非を決するというようなことでは事は知れている。是非を乗りこえた、もっと大きな視点を持たなくてはいけない」。(松下政経塾「塾主講話」第4集より)

◆運が強いと思わないといかん◆

松下幸之助塾長講話(昭和55年5月9日)

「俺はもうあかん、何をしてもあかん」などと思ったらいけない。「あかん」ようでも「ええ」と思わないとね。

第一この塾に入ったということは、もう運が強い証拠や。私はそう思う。

自ら悲観して、自らを不幸にするという人は、結構な(良い)状態の中にあっても「いやもう俺はあかん」と言う。そんなことになったら、もうおしまいです。

といって、あまりに信じすぎて、それが重荷になってもいけない。正当に判断せんといかんな。

私の場合、なんでもないのに「運が強い」というわけではないのです。私は二回、当然死んでいるところを経験しています。にも関わらず、こうして生きている、ここまでやってきている。

ということは、これは「運が強い」というふうに思わなかったらウソです。正直に、素直に考えてそうなのです。(松下政経塾「塾主講話」第5集より)

※この日の受講メモに「(塾長は)入塾式には病気をおして死ぬ気で出席された。塾生の中から必ず後継者が出る(僕以上の…)」と記している。

◆21世紀の時限発火装置◆

蘇我入鹿、誅殺される! その父、蘇我蝦夷は自害。ここに、国家乗っ取りを画策した蘇我氏宗家は滅亡。

これが「大化の改新」だとされ、この決起を画策した中大兄皇子と中臣鎌足の名前を覚えておけば、日本史の試験もOKだった。

しかし、歴史には、もっと深い動きがある。決起の翌々日、新天皇(孝徳天皇)が即位され、中大兄皇子は皇太子となる。その他、左大臣・右大臣や内臣(うちつおみ)、国博士(新政府の最高顧問)など、重要人事が決定された。

さらに、決起の一週間後には群臣・諸豪族が集められた。新政府は、団結して国難を乗り越え、新しい政治を興すための誓い儀式を挙行(大槻樹下の誓い)し、日本国最初の年号を「大化」に定めた。

その後、遷都(難波長柄豊碕宮)が行われ、翌大化二年元日に「改新の詔」が宣(せん)せられた。統治システムや地方行政組織の骨格、国民生活の基本となる経済政策(公地公民と班田収授)など、具体的政策が示されたのだ。

さあ、質問。この一連の改革の背後に、優秀なブレインがいたが、それは誰か?

それは、高向玄理(たかむこのくろまろ)、南淵請安(みなぶちのしょうあん)、僧の旻(みん)らであった。彼らは留学生(るがくしょう)として隋に渡り(西暦608年)、大陸の進んだ政治・経済・文化などを学んで帰国したのである(玄理と請安は在大陸32年、旻は同24年)。

南淵請安は帰国後、塾を開いており、そこに中大兄皇子と中臣鎌足が通っていた。高向玄理と僧の旻は、改新政府の国博士となる。

それから、大事な質問がもう一つ。彼ら留学生を送り出したのは誰か?

それは聖徳太子であった。小野妹子が隋に再度派遣されるとき、8名の留学生が同行。その中の3名(玄理、請安、旻)が帰国して、改新政治に大きな役割を果たしたのだ。

でも、彼らが帰国したとき、留学を命じた太子は、とっくの昔に亡くなっていた。

理想に燃えた聖徳太子の政治改革は、成功したとは言い難い。太子の死後、子の山背大兄王とその一族は、蘇我入鹿によって滅ぼされる。蘇我氏の専横が進み、日本書紀を素直に読めば、“蘇我王朝”が開かれていたと言っても過言ではないくらい、国体(こくたい、くにがら)は傾いていたのだ。

この日本史上最大のピンチの一つを、改新政府を誕生させるという、最高のチャンスに生かしたのが大化改新であった。そして、それを仕掛けたのが聖徳太子であり、大陸に送った留学生は、太子の死後に炸裂する時限発火装置であったのだ。

翻って平成の今日、松下幸之助翁が建塾した松下政経塾は、21世紀の各界の指導者を育成するという趣旨からして、そこで学ぶ塾生は幸之助翁が送り出していた留学生であると思われる。

この21世紀の留学生たちが活躍するのは、いよいよこれからである。36年経った今こそ、塾出身者は“帰国”しなければならない。それは、松下政経塾の「建塾の原点」に帰るということに他ならない。

なお、松下塾長が仕掛けた時限発火装置の一人が、山田宏(松下政経塾2期生)だろう。彼は、安倍首相の強い要請を受けて参院選に出馬することになった。「山田さん、政治の突破口を開いてくれ!」と。小生も11年目を迎えた林塾の活動によって、時限発火装置の一員となる所存である。

◆松下幸之助翁が言いたかったことを、林の言葉を入れてまとめてみると…◆

  1. このままでは日本は行き詰まる。
  2. 政治がダメ。長期目標が無く、国家を経営するという意識が見られない。

  3. 世界が変わる。
  4. これまでの世界を支えてきた仕組み自体が、根底から役に立たなくなる。

  5. そういう中で、勢いは東に移る。
  6. 21世紀はアジアの時代となる。

  7. 塾出身者は、個々に偉くなるだけでは不十分。
  8. 一致協力して国難にあたれ。

  9. そして、日本が良くなるだけでは意味がない。
  10. 日本は世界人類を救う国である。

要するに「君ら、こせこせ小さくまとまるな。殻を破って、もっと大きく生きよ!」と。