「選挙で人物が選べるのだろうか」という疑問

こんにちは。暑中お見舞い申し上げます。

◆この度、YouTuberとなりました。どうぞ宜しくお願い致します。
「縄文のコトダマ」第1回~言葉は民族のDNA
https://www.youtube.com/watch?……pp=desktop

◆明日は四国中央、明後日は福岡で講義します。お気軽にご参加下さいませ。
四国中央立志会
☆社長・幹部対象 7月26日(火)午後2時~4時
『論語』に学ぶ経営者・経営幹部の心得 第8回

☆社員・中堅対象 7月26日(火)午後7時~9時
松下幸之助著『社員心得帖』に学ぶ 第6回

参加費:2000円(初回無料)
会場:両講座とも ホテル グランフォーレ(四国中央市三島朝日)
会場お問い合せ 電話0896・23・3355(ホテル グランフォーレ)

★政経倶楽部連合会・九州政経倶楽部5月例会
日時:7月27日(水)開場午後6時、開始6時半~終了8時
演題:「敗戦の原因は、日本精神の貧弱さにあった!」
~松下幸之助が、敗戦5日後に社員に告げたこと~
敗戦の僅か5日後(昭和20年8月20日)、松下幸之助は全社員へある「文書」を渡した。その中に、国難にあたっての「指標」が示されていた。その文書から復興の心得を学び、日本再生を誓い合おう。
場所:ホテルクリオコート博多(博多駅筑紫口(新幹線出口)徒歩0分)
会費:会員・ビジター共3000円
担当:九州支部長・毛利克彦さん TEL:090-5084-2966
http://www.seikei-club.jp  info@seikei-club.jp

●日記● 平成27年7月17日~22日

◆7月17日(日)~18日(月)、今年も名古屋で大和言葉合宿講座
「日本語48音で知る名前の秘密」が開催された(第3回)。
講義に6時間、指導に4時間をかけ、頗(すこぶ)る中身の濃い合宿となる。
愛知県内ばかりでなく、福井・大阪・岡山・福岡からもご参加を頂く。
主催は「中日本やまとことば研究会」(代表・山本道代さん)。
来年は7月16日(日)~17日(海の日)に開催予定。
090・9185・3827 sunflowermichi1977@gmail.com

◆7月21日(木)~22日(金)、林塾「政治家天命講座」第11期
葉月全国合同例会で講義。会場は鳳明館森川別館(東京都文京区)。
全国から参集した約80名を相手に、下記内容を6時間話す。
「日本語の特徴と大和言葉~これからの言語政策~」
「大和言葉が示す日本思想~その世界観と人生観~」

●評論・随筆●

◆原因は自分にある◆

講師が分かっている以上に、参加者に伝えることは難しい。

下手クソな講義なのに凄く分かってくれる人がいたら、それは偶然だと思ったほうがいい。

社長の熱意を超えて、社員に熱く燃えて貰うことは難しい。

冷めたトップの下で熱く燃える社員がいたら、よほど人間のしっかりした人だろう。さもなくば、間もなく独立する人だと思っておいたほうがいい。

原因は講師にある、社長にある、自分にある。

◆殻を破れば面白い!「政治家天命講座」11年目の夏に思う◆

転換期の今、世界は益々流動化する。普通の教育をやっていたのでは、転換期に合った政治家は養えない。文明そのものが転換するのだから、まず文明の交代について教えよう。

そう考えて、東西文明が800年周期で波動交代する事実を究明した、「文明法則史学」を「政治家天命講座」に取り入れた。

我らは日本人なのだから、日本を知らなければ根無し草となってしまう。困ったことに、日本の素晴らしさを語れない政治家が多すぎる。むしろ、悪く言う者のほうが多いくらいだ。

これを何とかしようと思い、日本思想を集大成した「大和言葉の世界観」を「政治家天命講座」に取り入れた。大和言葉を繙(ひもと)けば、日本の本質が見事に分かるのだ。

そして、転換期の指導者は、捨て身にならなければ使命を果たせない。ところが、かなりの議員が、自分の立場を維持することばかりに躍起(やっき)となっている。

これではいかんと憂い、幕末志士学(吉田松陰の教え)、武士道(山鹿兵学や葉隠)や東洋思想を講座に入れた。

勿論のこと、安岡教学や松下思想も話している。

ここまで教える政治家講座は、何処を探しても無いという自負でやってきて11年目の夏を迎えた。明後日の東京合同合宿講座には、全国から約100名の弟子たちが参集する。私の講義は6時間。

その国の将来を知りたければ人を見よというが、人を見るときは志の高さを観たらいい。志の高さは、世界観と愛国心に裏打ちされた、覚悟と本氣を観れば量れる。

但し、覚悟と本氣は、傲慢さや生意気さとは違う。

有権者や支援者に頭を下げるのが嫌で、同僚議員とも些細な事でケンカばかり。次第に居場所が無くなり、林塾にでも入って日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らそうかというような輩は、そのままでは同志とは似て非なるものだから注意が要る。

そういう輩は、声の大きさの割には、腹から言葉が出ていない。だが、殻を破れば面白い。

◆東京都知事選は誰に投票すべきか?◆

この際、どの政党が応援しているかは全然関係ない。選ぶ基準は「華」と「器」なり。

最もテレビで顔が売れている候補は、年齢を感じさせない華がある。だが、失礼ながら東京都知事の器には見えない。他人の批評が上手いことと、責任者として組織を率いることは全然違う。左翼的な言動によって、大きく国益を損ねることを憂慮する。

県知事も務めた実務経験豊富な候補は、実直そうで一定の器があると思う。能力も高いと感じる。だが、東京都知事としてオリンピックの顔となるには、もう一つ華が足りない気がする。

その点、もう一人の有力女性候補は、華と器のバランスが良い。2020年を盛り上げられる「運」も備えていると思う。

有力3候補について、私は詳しく知らない。好悪の感情もない。言えることは、都知事の器が無く、国家観のしっかりしていない者を選んで国益を損ねてはならないということと、人柄は良くても華が及ばず、選挙に勝てない候補を推しているようでは埒(らち)が開かないということだ。

ここは、華と器の両方があり、多くの有権者の支持を集めるであろう女性候補を選ぶのが無難なり、というのが「個人的な意見」である。

なお、3人とも嫌いという方には、中川暢三(なかがわちょうぞう)候補を推薦する。中川氏は松下政経塾の同期で、市長や区長の経験もある。先の大阪市長選にも出馬しており、都市政策の知恵は誰にも負けないものを持っている。人間性も落ち着いている。このまま眠らせておくのが、とても残念な人物である。

◆ますます弟子たちを拝みたい◆

ホンマはな、何でこの塾つくったのか、ワシにもよう分からんのや。そう言われたのは、松下政経塾を開塾された松下幸之助塾長。

私は、その松下翁の弟子として、日本改新の志士育成に励んできた。早いもので、政治家天命講座は第11期を迎へ、今日から全国合同合宿例会が東京で開催されている。

約80名の若者を前にして、私も少し松下翁の気持ちが分かってきた。何でこの塾を起こしたのかなと、しみじみ思うようになってきたのだ。

無責任な気持ちから言っているのではない。何か目に見えない力が働いていて、自分は一つのコマとして土壌作りを担当しているということを一層自覚したのだ。それは、とても不思議な感覚である。

生き生きと動いている弟子たちを見ると、塾はこの者たちのものだと思う。この先、ますます弟子たちを拝みたい。宜しくお願いします、どうか頼みますと。

そして、一念一念、私心を無くしていこう。塾は預かり物であり、全てやらせて頂いている活動なのだ。合掌再拝

◆最初に理念を定め、方向を決めよ!◆

頭の良い人ばかり集まると、たいてい知識のケンカになる。自分の言いたいを、ごちゃごちゃ喋っていて、話しが一向にまとまらないのだ。

そうならないためには、最初に卓越した指導者が、理念を定め方向を決めておくといい。

寄って来るのは、それに賛同する者たちとなる。基本精神にズレが無いから、議論が停滞することが少ない。衆知が集まり、各員の天分が発揮されるだろう。

現実には、理念を定め方向を決めていても、進め方でもめたり、人間関係で対立することがある。しかし、軸があるから崩壊には至らないはずだ。

その卓越した指導者は、私心が薄く、仁義を尊ふ徳性が高いほど立派だ。また、核心を掴む洞察力と、全体と将来を見通す大局観が求められる。

とにかく、船頭多くして船山に上るというのが一番良くない。

◆「選挙で人物が選べるのだろうか」という疑問◆

もう選挙にうんざり。単なる人気投票に過ぎず、国民・志民の代表を選んでいるとは到底思えない。何か選挙に替わる、もっと別の方法はないのか。

そういう嘆きを、しばしば耳にする。「選挙で人物が選べるのだろうか」という疑問は、実は私も昔から抱いてきたことだ。

見た目がよく、声の大きい出たがり屋なら、哲学や中身が薄くても当選の可能性が高くなる。結局、大きな首長選挙になるほど有名人しか出られないし、国政選挙は所属政党に風が吹かない限り当選は不可能というのが現状である。

私は、16年ほど前から「コミュニティ互選民主制」というものを提唱してきた。日本式の互選による代表選出制度だ。

仕組みは簡単で、100名の集まりの中から1名の代表を選ぶ。その代表者が100人集まって、また一人を選ぶ。これを4回繰り返すと、1億人の代表が互選されることになる。

人間が他人をよく知ることの出来る人数は100名くらいらしい。よく知った者の中から「あの人なら信頼出来る」という人を選び出すことによって、人騒がせな扇動家や、強欲な権力者を出さないようにするところに、この日本式民主制度の意味があるのだ。

私は、人間が小粒で、こすっからく、調子のいいことを喋っては当選を繰り返している政治屋を身近に沢山見てきた。逆に、素晴らしい人ほど当選出来ない実情も見てきた。選挙をやればやるほど、世の中は悪くなるのではないかとさえ思えてしまうくらいだ。

「あの人なら任せられる」という人を、100人の中から推薦し合って選ぶ。意見がまとまれば、それで代表者決定となるし、二人以上推薦されていて甲乙付け難ければ投票で決めればいい。そもそも投票は、意見が二分したときの最後の手段である。

この案には、最初の100人をどうやって選ぶかなど、問題点があることは承知している。大きな組織の代表を選ぶときなどで実験し、いずれ総理大臣を国民が選ぶときなどに使ってみたらどうかと思う。

しかし、制度の完成には時間が掛かる。目の前の危機に間に合いそうもない。ならば、まずは現状の選挙制度の中で、志士が一番選ばれ易い地方議員から育てていこう。そう考えて、やはり16年ほど前から推進してきたのが「国是担当地方議員構想」=「平成の龍馬1000人構想」である。
こちらは着実に育っている。