苦労の意味が分からないときに潰れる

こんにちは。急に寒くなりましたね。
神戸から東京へ移動し、今日は「国会綜學勉強会」です。

◆本号の「日記」の小見出しです。内容は下記をご覧下さい。
☆岡山・アイナリーホールで出版記念特別講演会
☆京都・綜學社研修所で、学生青年対象の綜學講座
☆神戸・今啓林会で「新しい憲法と国是」について講義

●日記● 平成27年10月22日~24日

◆10月22日(土)、岡山のサン・クリニック「アイナリーホール講座」で新著『力を抜けば強くなる』の出版記念特別講演会を開催して頂いた。新しい参加者も多数お越しになり、反応は上々。今、何かで悩んでいる人たちへ、考え方のヒントを提供出来たと思う。文明法則史学研究所の服部匡成所長が、遠路横浜からご参加。次回から拙著を教本に講義する予定(4回シリーズ)。乞うご期待!

◆10月23日(日)、京都・綜學社研修所で学生青年対象の綜學講座を開催。林は国学(日本学)の「霊魂観」について話す。内容は、下記評論・随筆の「肉体修行は精神を鍛え、精神修養は肉体を磨く」をご覧下さい。また、綜學社役員の加地到先生が、貝原益軒の『養生訓』をもとにメンタルヘルスについて講義された。

◆11月24日(月)、神戸・今啓林会(今井啓介会長)で11月例会。「新しい憲法と日本の国是」と題して、そもそも憲法とは何か、制定の時期はいつ頃になるか、新憲法の盛り込みたい日本の原点とは何か、などについて文明法則史学と大和言葉を駆使して講義。会場は神戸一宮神社。林塾から福丸孝之塾士が参加(1期生、大阪府茨木市議)。

●評論・随筆●

◆人の問題で、失敗や苦労の無かった指導者なんて一人もいない◆

自分以下の人間を従え、尊大に振る舞う人がいる。狭い範囲の中で自分が一番偉いと思っている輩で、それを「お山の大将」と言う。

確かに実力はある、覇気もある。だが傲慢(ごうまん)で自己本位ゆえ、自分より劣る者、弱い者しか付いて来ない。

会社や団体のトップにも、このタイプが存在しているが、注意すべきは組織内に「お山の大将」が現れたときだ。それまで能力を発揮する場に恵まれていなかった人間が、新人としてどこかの組織に入り、急に地位や立場が与えられてしまった場合に要注意であると。

会社の社長や団体の理事長らは、常に全体を観ていなければならないし、いつも人の和に苦労している。だから、以前は「お山の大将」タイプだったとしても、苦労を経て次第に人格が脱皮・成長して今日の地位に就いているのだ。しかし、急に地位を与えられた新人は、まだ人間が練れておらず、人に対しても世の中に対してもなめてかかっている。

トップに威厳と器量があって、そういう者を上手く仕えるなら問題ないが、トップが優し過ぎると、地位に就いた人間が独断専行を始めてしまい、組織内で「お山の大将」化していく可能性が高まる。端から見たら随分自分勝手な行動なのに、本人は至って“使命感”に燃えている。自分のすることは全部良いことだと信じていて、その自分中心主義に比例して周りは迷惑を被るのである。

会社や団体は、そういう人間に入り込まれ、主導権を奪取されることのないよう、よくよく注意すべきだ。特に人と金の権限は、決して手放してはならない。

但し、覇気のある人間を、単に排除すればいいというのでもない。優秀な人間に存分に働いて貰うことは、組織の発展にとってとても重要だ。願わくば、持てる能力を十分に発揮させながら、何とかして「お山の大将」の出現を防ぎたいものである。

それには、まず理念と目標を明確にすることが必要だ。創業の原点や理念を高く掲げ、活動目標を大局的に示そう。その上で、全体の中で自分がどこに位置しているのか、与えられた役割の意味とは何なのかについて、しっかり自覚させよう。それによって、「私」から「公」へと人生観を進化させられるかどうかがポイントとなるのだ。

とにかく、優秀な成績を上げているからといって、軽はずみに地位に就けないことが肝要だ。有能で賢い者は、常に成果を焦っている。少ない苦労で最大の効果を上げられるよう、最短距離を選びたがる。格好良く派手にやろうとし、謙虚や地道といった言葉を嫌う。いつも使えるか使えないかで人を見ていて、付いて来られない仲間を見下し、次々“粛正”したりもする。

そういう者をのさばらせる根本原因はトップにあり、結局「お山の大将」タイプが勝手をやって組織を潰していくのである。もしもこのタイプの者に何かを任せるときは、様子見として、短期プロジェクトのリーダーくらいに留めておくのがいい。いきなり権限の強いポストに就けてはならない。がんばった成果に対しては、“ボーナス”や“栄誉”で応えるようにすれば問題は起きにくいはずだ。

一般的に「お山の大将」は、強い者にはへつらい、弱い者には横柄になる傾向がある。社長の前では丁寧な物腰なのに、年下や高齢者など自分より弱そうな者には、手の平を返すように傲慢な態度を取るのだ。トップは、普段からその辺を見逃さないで、本性をよく観察しておこう。

仕事も活動も、最大の苦労は人にある。人の問題で、精神エネルギーの大半が消耗されていく。人の問題で、失敗や苦労の無かった指導者なんて一人もいない。成功者とは、人の苦労に負けないで志を貫いた人のことである。どうか、この苦労に負けないで頂きたい。私も顔晴る。

◆肉体修行は精神を鍛え、精神修養は肉体を磨く◆

ミタマ(御霊)と聞くと、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。通常は、目に見えない魂(タマシヒ)をイメージする方が多いのではあるまいか。

ところがミタマは、もっと広い意味を持った言葉である。神道には、ミタマを表す大和言葉がいろいろあるのだ。

ニギミタマ(和魂)…「意識」、精神や心としてのミタマ
アラミタマ(荒魂)…「肉体」、身体としてのミタマ

ニギミタマとアラミタマは、ミタマが心と体を包含していることを表している。ミタマは、精神と肉体が一体となった実在であり、生命そのものと言ってもいいだろう。

そして、ニギミタマとアラミタマの働きによって、次の3つのミタマが活動していく。

クシミタマ(奇魂)…「知」、智恵としてのミタマ
サキミタマ(幸魂)…「情」、感情としてのミタマ
マミタマ(真魂)…「意」、意志としてのミタマ

これらのミタマは、人間の精神作用の幅広さや繊細さ、強さを表している。

ミタマを大和言葉で説明してみよう。「ミ」は実や身、水(みづ)のミで、存在を構成する本質を、「タマ」は玉と同じで、円満にまとまったものを表している。つまり、本質が円満にまとまった存在がミタマであり、その代表が生命体なのだ。

タマシヒはどうか。タマシヒは、タマなすヒ、タマするヒであり、ヒのエネルギーが玉のようにまとまったものがタマシヒとなる(ヒは日や火のヒでエネルギーなり)。

我々は、心の奥深くに響いたときに、魂に感じたという。また、心の奥底で受け入れたときに、魂で聞いたという。タマシヒは、ミタマの根本に位置し、生命を統轄する存在なのだ(さらにその中心的タマシヒをイクタマ(生魂)という)。

人間という存在の素晴らしさ、それは意識の働きによる認識力や創造性にある。それは肉体あっての活動である。肉体を通して精神は成長し、精神によって肉体は躍動する。肉体修行は精神を鍛え、精神修養は肉体を磨いていくのだ。その心身統一した尊さを、ミタマと呼んだのである。

◆苦労の意味が分からないときに潰れる◆

人は、必ずしも苦労では潰れない。人が潰れるのは、苦労の意味が分からなくなったときだ。

企業理念は、経営における考え方の基本を明文化したものだが、見方を変えれば、仕事の苦労の意味をまとめたものとも言える。そして、心得や指針は、動き方の基本を要約したものとなる。

人が次々辞めていく、仲間が増えないという場合、理念や指針が無いか、あっても生きていない状態に陥っている可能性が高い。

単に激しくプレッシャーを掛けているだけの訓戒も、理念とは程遠い駄文となりかねない。苦労の意味を悟らせるどころか、社員を洗脳しているに過ぎないからだ。

同志の輪が広がってこそ、理念が定着したと言えるはずだが、理念の徹底には、指導者はもっと学ばねばならない。