最初に無いものは最後まで無い

おはようございます。
昨日は、京都から海浜幕張(千葉)に出張して講義しました。
終了後は最終の「ひかり号」で浜松に帰り、移動時間は計7時間。
体力勝負の仕事ですが、日本再生のために前に向かうのみです!

綜學社・関西学生大会(3月10日)、
合宿天命講座(綜學基本コース)、
京都綜學講座(4月から隔月)のチラシが出来ています!
心を込めてご案内申し上げます。
こちらをご覧下さい→  http://www.hayashi-hideomi.com……s/356.html

人間力養成塾が開く来月のプレ講座は、
前回のメールで3月16日とご案内しましたが正しくは3月17日(木)です。
お詫びの上、訂正致します。
詳細こちらをご覧下さい→  http://www.keieisha.jp/seminar……00915.html
人間力養成塾 第1講 3月17日(木)
織田信長に学ぶ「天下取り」の秘訣
全体を観察し、ゴールから逆算して発想せよ!

●日記● 平成23年2月18日~23日

★☆最初に無いものは最後まで無い

2月18日(金)、午後、近くの蒲神明宮に参拝し、「地の神様」のお札を頂く。
夜は東の空に、綺麗な望月を眺めることが出来た。

民主党が、すっかり求心力を失っている。鳩山さんも、菅さんもダメ。小沢さんは、“子分”が一揆を起こす始末。次は、若手を代表に立てて総理大臣候補にするしかなさそうだが、そのときまで党が分裂しないでいられるかどうか。

「最初に無いものは最後まで無い」。これは、綜観のいつものセリフだ。民主党は、自民党・公明党・共産党などではない人たちが集まった、寄せ集めの集団である。主義や理念で結束しているわけではなく、所属政党をころころ替えた人も多い。非自民ということ以外、何も重なっていないのだから、そもそも一丸となることを求めるほうが間違っていよう。

もう5年以上前のことだが、ある民主党衆議院議員にその点を指摘したら、次のような答えが返ってきたことがある。

「民主党が寄せ集めというのは、既に昔の話ですよ。今は結党後に当選した者のほうが多いくらいだから、ちゃんと一つにまとまっています」。

この議員の答えが間違っていたことは、現在の民主党の混迷ぶりを見れば一目瞭然、論を待たないだろう。彼は、組織や集団にもDNAがあるということを知らないのだ。細胞が入れ替わっても、その人であることに変わりはないということと同じである。

政治家なら、もう少し人間集団というものを大局から眺めて欲しい。中心から拡がった組織でないと、手足を後から付けた粘土細工の人形のようなもので、少しの動揺で簡単にバラバラになってしまう。最初に中心軸が無かった集団は、最後まで統一力が無いのである。

★☆政治家のために政党があるわけではない

2月19日(土)、今日は二十四節気の「雨水」。
雨水には、「氷雪解け雨水温まる頃」という意味がある。

昨日の続きだが、(今まで通りの)政党は要らないのではないか、という気が一層強くなった。党は、政党自体を守るために、大袈裟な自己主張を繰り返しているだけではないのか。

政治家は、もっと自分の信念に基づいて、政策毎に賛否を表明したらいいと思う。党の拘束を緩めて、個々の政治家の考えを前に出して欲しい。党が決めた方針をオウム返しするだけで、自分の言葉(=考えや信念)を持っていないような議員は、転換期ではあまり役に立たないだろう。

政党は、哲学・思想、国家観や歴史観が一致する者同士で組織するべきだ。が、個々の政策においては、賛成・折衷案・反対に分かれることがあっても構わないのではないか。

そうなれば、政党の枠を超えて賛成者や反対者を募らねばならない。政治家には、今まで以上に政策立案能力とその説明能力、そして仲間を集める人間力や徳力というものが必要とされてくるに違いない。

そういう中から、時代を切り開く活力というものが生まれるのではないか。当選回数や党への貢献度といった古臭い因習に左右されることが少なくなり、実力派の若手議員が台頭するはずだ。

政党は栄えたが国が亡びた、なんていうことがあってはならない。日本という国が存続し、世界に貢献できればいいのであって、政党のために国家があるわけではない。

そして、選挙互助会に過ぎない二大政党制など即座にやめてはどうか。二大政党制の目的であった政権交代が実現し、それが日本に合わないことが明らかになった今、選挙制度をもう一度見直すべきだ。

国会議員は300名もいれば十分。中選挙区を100、1選挙区につき定数3の計300名でどうか。ねじれの元凶となっている参院は廃止し、(道州)知事や識者、経営者代表で参議会でもつくればいい。

転換期は、素早い意志決定が一番に重要だ。だらだら国会は税金の無駄遣いであり、手遅れの元、国家経営の命取りともなる。

政党要件を決めたのも、政党助成金が税金から支払われるようになったのも、既成政党を生き残らせ、新規(新政党)参入を阻止するための策略であったと思うが如何。

これから若手で生きのいい政党を立てるべきだし、林塾出身者によって、いずれ本格的な政党が創られることになって欲しい。が、それは日本改新と文明維新のためであって、議員である自分たちを守るための組織に堕落させるようでは困る。

政党を組織するのは、あくまで便宜上のこと。組織というものは、いつの間にか組織を守ることにしか目的を見出せなくなるということを、予め(あらかじめ)しっかりと肝に銘じておかねばならない。

岡山セミナーに「場のエネルギー」が生まれてきた

さて、今日は岡山セミナーで講義。テーマは「松下幸之助翁に学ぶ人生の智慧」。
テキストに『実践経営哲学』PHP文庫を用いての、第1回目であった。

参加者が40名に達し、机を下げてイスだけの配置となる。
遠く福岡市や山口県宇部市、愛媛県八幡市、鳥取県米子市からもご参加頂いた。熱心な皆様のお陰で、講師と参加者の交流による「場のエネルギー」が生まれ、心が一つになったことを実感。

現在の延長上に未来はない。一度、旧いシステムが崩壊し、その後の日本再生を目指す。そういう将来志向の人たちが集まっている。これからが楽しみだ。

なお、岡山(1区)選出の衆議院議員で、自民党の国会対策委員長を務めている逢沢一郎さんがメッセージを寄せてくれた(逢沢さんと綜観は、松下政経塾の同期生)。

★☆広島文明維新塾に「喝」を入れる!

2月20日(日)、広島文明維新塾で、佐藤一斎の『言志後録』其の二を話す。
代表世話人の脇晃司さんをはじめ、皆さん一所懸命頑張ってくれている。
今日はエールの意味を込めて、少々「喝」を入れさせて貰った。

広島市は中国地方の要だが、山口県は福岡県のほうを、岡山県や鳥取県は関西圏のほうを向いている。島根県だって、広島との関係は意外に薄いのではあるまいか。

道州制が模索され地方分権中が進む中で、広島市はどこへ向かおうとしているのか。もっと大局からビジョンを描かねば、中国地方(中国州)という大枠が消えてしまうのではないか。

★☆「先頭に立っているのは自分たちだ」と自覚させながら人を育てよう

2月21日(月)、京都の朝。綜學社事務所で合気居合の稽古。
今日は今啓林会(神戸)で講義。佐藤一斎の『言志後録』其の二を話す。
幕末志士の共通の師匠が佐藤一斎だ。その内容をいくつか記しておく。

・進歩しているときに退歩を忘れてはならない(退歩とは謙虚さやブレーキ)。
・最初に全体を掴んでから部分に向かえ。
・人それぞれ所を得れば、天下に人がいることになる。
・大袈裟で偉そうに話す人は、人物が狭く気が小さい。
・前から引っ張るばかりでなく、後ろから追うように衆を導こう。
(綜観→先頭に立っているのは自分たちだと自覚させながら人を育てよ)。
・動かぬものの中に動くものを見よ。動くものの中に動かぬものを見よ。
・歴史書や古典を読めば、古人と交際出来る。
・能力のある小人物が国を乱す。         他

神戸も参加者が増えており、途中で机とイスを増やしたほどであった。
関西の大学生が7人(関西大・関西学院大・京都産業大・同志社大・立命館大)、それから青年会議所メンバーが6人来てくれた(茨木・明石・三木の3ロム)。

★☆20年近く前に訪問した「中村菌化学研究所」を再訪

2月22日(火)、昨日と同じく綜學社事務所で合気居合の稽古。
昼過ぎ、近くの豊国神社に参拝し、方広寺大仏殿跡を見学。

そして、事務所すぐ近くの「ナカムラ酵素」で酵素飲料を購入。同社の以前の社名は「中村菌化学研究所」。今からもう20年近く前のことになるが、友人が主催する優良企業見学会で訪問したことがあった。

創業は文久二年(1862)。日本酒醸造会社からはじまり、同社敷地内の特定の場所でしか発酵しないという「中村菌」の誕生によって、免疫力を高める医薬品製造業へと発展を遂げた歴史を持っている(現在は食品製造業)。

同じく事務所近くの「半兵衛麩」は創業元禄二年、「晴鴨楼」は創業天保二年、そして「ナカムラ酵素」は創業文久二年。「二」は陰陽の始まりを表す数字だが、近所の江戸時代から続く老舗が皆、二年の創業というのが面白い。

これら三者(三店)は、綜學社を中点とする半径約40~50メートルの円の中に入っている。綜學社が当地に居を定めたのは平成二十二年。やはり「二」だ。綜學社もいずれ老舗となれるよう、まずは基礎づくりからがんばりたい。

★☆政経倶楽部・千葉県支部2月例会も参加者が増える

2月23日(水)、京都から海浜幕張(千葉)まで移動し、政経倶楽部千葉県支部2月例会で講義。テーマは「吉田松陰と『講孟箚記』」。高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤博文らが感動したであろう松陰の講義内容を、出来るだけ損ねないよう心して伝えたつもりである。

今日の参加者は50名を超えた。先月の老子の講義は、腑に落ちて感動する人と、あまり響かない人に分かれる傾向がある。ひょっとして参加者が減るかと心配したが杞憂であった。皆さんのお誘い掛けの賜であることは勿論だ。