欧米中心主義という歪みを正して「共生文明の創造」へ

こんばんは。立秋が過ぎたのに、猛暑が続きます。
予想温度が35度を下回ると、今日は過ごしやすいかなと思ってしまいますね。

●日記● 平成30年8月7日~11日

◆8月7日(火)、浜松・東林志塾(日内地孝夫塾頭)で講義。「論語」講座(6)では、先祖がいるかのように祭り、神々がいるかのように祭ることの大切さと、知らぬフリして式典の準備状況を確認した孔子の知恵について話す。封印の書『学術維新原理日本』講話(6)では、日本には日本の風土に適した生活があるということや、民族・国民の歴史や伝統の違いを忘れてはならないことについて述べる。林塾から森田賢児塾士補(12期生)が参画。次回は9月11日(火)。

◆8月8日(水)、関西林英臣勉強会(濱野夕希子代表)で講義。人間と宇宙を結んだ巨人「空海」と題して、密教の概略と、空海の人生、さらに空海が説いた人間意識向上の十段階(十住心論)について話す。次回は10月13日(土)。

林塾から下記2名が参加。
福丸孝之塾士(1期生、大阪府茨木市議、※インターン大学生2名引率)
濱野夕希子塾祐(5期生、関西林英臣勉強会代表)

◆8月9日(木)、東海こころざし勉強会(水野岳男代表)で講義。「松下幸之助が描いた日本とは」を演題に、松下翁が戦後に発表した諸構想を紹介し、その中から「新国土創成論」と「無税国家論」について、松下翁が松下政経塾生に直に述べた言葉を元に解説。会場は信長が戦勝祈願をしたことで知られる手力雄神社(岐阜県各務原市)。次回は11月13日(火)。

林塾から下記3名が参加。
水野岳男塾士(7期生、岐阜県各務原市議、東海こころざし勉強会代表)
藤井浩人塾士(7期生、前岐阜県美濃加茂市長)
谷本佳亮塾士(7期生、岐阜県美濃加茂市で活動中)

◆8月10日(金)、名古屋で新しい講座の企画会議。
1期1年・毎月1回ワンディセミナーを行い、転換期を生き抜くための知恵と人間力を養って頂くための「名古屋綜學院 林ゼミ」(仮称)です!会議を終えて浜松に帰ったら、3連戦の夏バテでバタッと横になり、夜行くつもりだった空手道稽古を休む。

◆8月11日(土)、デスクワークの一日。途中、午後1時から空手の稽古へ。明日は京都・綜學社研修所で講義と指導。

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●評論・随筆●

◆国是を考える:その7◆
☆欧米中心主義という歪みを正して「共生文明の創造」へ

嘉永6年(1853)、アメリカ海軍提督ペリーが率いる4隻の黒船(軍艦)が、浦賀(神奈川県)の沖合に来航。ペリーは砲艦外交を仕掛け、日本に開国と通商を要求してきた。

日本人は、この黒船に大騒ぎとなる。以来、技術力や軍事力に優れた西洋文明に恐れをなすと同時に、強い憧れを抱くことにもなった。我が国は、米・英・露・仏などの列強に侵略されないよう、東洋初の近代国家建設に邁進することになったのだ。

日本人には、新しい文化や技術を積極的に導入する進取の精神がある。それ自体は一つの特性なのだが、行き過ぎると、捨ててはならない価値あるものを、あっさりと廃棄してしまうことにもなる。

明治維新以後がそうだった。それまで日本を支えてきた伝統の文物は、二束三文で売り払われていった。文化や精神も、日本的・東洋的であるものは、西洋のそれと比べて著しく価値が低いと見なされた。

それが「5つの歪み」の1番目である「欧米中心主義という歪み」だ。世界を制覇している欧米を崇拝し、後れている東洋を日本を含めて卑下するという風潮が起こってしまったのだ。

この1番目の歪みを正すための大方針が「共生文明の創造」である。共生とは互いに相手を認め合い、共に生かし合う関係のことなり。

その「共に生かし合う関係」は、人と人、人と自然、国と国、西洋文明と東洋文明、物質と精神などにおいて構築されるべきと考える。

人種や民族に優劣を付け、非西欧世界の人々を下に見るのではなく、それぞれの歴史や言語が大切にされ、多様な伝統文化が守られ、互いに尊敬し合える「人と人の共生文明」へ。

人間の便利と都合を優先し、環境破壊が進んでしまう征服型の文明ではなく、「自然知」を生かした「人と自然の共生文明」へ。

国家エゴがぶつかり合う覇道対立状態から、大国・小国の違いを超えて礼交を重んずる「国と国の共生文明」へ。

そうして、西洋中心の物質文明から、東洋精神の英知を生かした「東西融合の共生文明」へと進化させねばならないのである。

兎に角、このままでは地球の意識レベルが低過ぎる。まずは、日本国の徳から上げていこう。それが、2番目の歪みを正すための大方針となる「高徳国家の建設」だ。

◆国是を考える:その8◆
☆国民の意識レベルを上げて、今こそ「高徳国家の建設」を!

大人物と思える政治家が周りにいない。100年後の歴史小説家にとって、主人公にしたくなるような政治家が今の日本にいるのだろうか。

そういう疑問をしばしば耳にするが、選挙で政治家を選んでいる以上、有権者の意識レベルに応じた政治家しか出てこないのは当然だ。国民の意識レベルを上げないことには、いくら資質に優れた人財がいたとしても、その者に活躍の舞台は与えらずじまいとなるのである。

明治維新以来、150年間溜まった歪みの2番目は「欲望民主主義という歪み」だ。欧米諸国の政治の強さは、民主政治によって国民の意思が政治に反映されているところにある。そう考えた明治の人々が、近代国家の建設に当たって、日本も民主主義を採り入れていかねばならないと考えたのは当然である。

そもそも民主政治は、国民一人ひとりが主体性を持って政治に取り組むことを基本にしている。国民が政治の主役となるのだから、政治の責任は自分たちにあるという自覚が欲しい。善政で幸せになるのも悪政で苦しむのも、原因は国民の意識レベルに掛かっていると。

ところが、主(ぬし)である民(たみ)の欲望を満足させるために政治家がいるということになると、デモクラシーは無責任な欲望民主主義と化して、おかしな方へ向かってしまう。有権者は、国家全体の将来よりも、目の前の利益にしか目が行かなくなるのだ。

「自由」と「平等」も、この欲望民主主義に拍車を掛けた。勝手主義の自由や悪平等だ。

これらの弊害を是正するには、それらに筋の通った解釈を入れ直す必要がある。行き過ぎた欲望民主主義には「民が本氣になってしっかりせよ」という「民本」を、勝手主義の自由には責任の自覚を促す「自立」を、何でも横並びにすればOKという観念的な悪平等には現実を踏まえた社会的「公正」を、それぞれ真意として加えて頂きたい。そうでなければ日本人は、ひ弱な個人中心主義から、いつまでも脱皮出来ないまま益々小粒化していくだろう。

文明交代期中の激変期(2025頃~2050頃)が目の前に迫っている今こそ、国民精神の向上を図り、政治の質を思い切って引き上げねばならない。このままでは真のリーダーが不在のまま、我が国は自然消滅の道を辿ることになってしまう。それを食い止めるところに「高徳国家の建設」の目的があるのだ。
→次回へ続く

◆健全育成会の標語・・・◆

「よく食べて くよくよせずに よく寝よう」健全育成会の標語に応募。こりゃあ落選確実だな…。

◆成功するも、成功しないも、君次第だ◆

君ねぇ、勘違いしたらいかんよ。応援してくれるなら頑張るなんて、虫が良すぎやしないかい。そうじゃなくて、君の顔晴る姿を見て、周りは応援したくなるんだよ。成功するも、成功しないも、君次第だ。