統一地方選挙の前半戦昨日終了

こんにちは。
大震災から1カ月が経ちましたが、被害の全貌は未だ分からず、福島原発の事故は、解決の見通しすら立っていない状況です。

犠牲となられた皆様のご冥福を、心からお祈り申し上げます。

◆統一地方選挙の前半戦が昨日終わりました。
林塾は8人の出馬で当選は4人。
新人が特に厳しかったです(4人中、当選したのは1人)。

24日(日)は、統一地方選挙・後半戦の投開票日となります。こちらには林塾から21名が出馬し、うち7名が首長選挙にチャレンジです。

大震災からの復興の要は、やはり政治です。政治を無視していたら、日本の未来はありません。候補者の諸君は、堂々と大局から信念を訴え、天命を待てるところまでとことん人事を尽くして下さい。

◆明日は沖縄に向かいます。
明後日13日(水)開催の「琉球フォーラム」(琉球新報社主催)で講演するためです。ご紹介下さったのは、株式会社「沖縄教育出版」の川畑保夫社長です。

◆「使えるか、使えないか」。
精力的に活動しているトップに、これを人付き合いや人選の、第一の基準にしている者がいます。

使えるかどうかを判断することは、とても重要なことです。有能な者を集めなければ、大事を起こすことは出来ないからです。

精力的なトップには力量があります。その熱意に惹かれ、熱狂的に支持してくれる仲間や部下が次々現れます。

ところが、付いていけなくて離れてしまう者も多く出ます。「使えないと分かったら、手のひらを返すように冷たくされた。人としてではなく、物扱いされていたように思う」。去っていく人は、異口同音にそう語ります。

経営者にも、政治家にも、社会活動家にも、そんなトップが随分います。情熱に溢れ、正義感が強い。「俺が、俺が」という意識が前に出て、いつも場を仕切りたがる傾向にある人たちです。

そして、不器用な仲間を蔑(さげす)み、小さなミスを繰り返す部下を許そうとしません。レベルの低い仲間や部下と一緒にいることを、極端に毛嫌いするのです。

そのくせ、自分よりも有能で、自分を超えて目立つ人間を受け入れることが出来ません。自分より優れていても(著しく)劣っていてもダメ。自分より能力的にちょっと低くて、腰の低い使いやすいタイプが好み。それが、この種のリーダーの思考パターンと言えます。

そういう人にこそ、学んで欲しい思想が「老子」なのです。「山」の存在感ばかりでなく、「谷」の度量を養って欲しいからです。

側近や幹部が、ころころ替わってしまう。10年、20年と、長く付き合ってくれる同志が少ない。そういうことがありませんか?もしそうなら、貫目(かんめ)不足に要注意です。

大人物は、どこかに老子流の人生観を持っております。日本は、大人物や豪傑、巨人が登場する時代に入りました。一人ひとりが自分の器を大きくすることで、日本を人物輩出の国にしてまいりましょう。

※ご参考に『東洋的器量の研究』をご一読下さい。博進堂1500円
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●日記● 平成23年4月5日~9日

★☆大震災後、社会心理が「閉塞の心理」から「危機の心理」へ転換

4月5日(火)、東林志塾(浜松)で講義。平成23年度新シリーズのスタートとして、幕末維新期15年間の全体像について話す。会場が浜松駅前のプレスタワー(静岡放送・静岡新聞社)に変更となり、集まりやすくなった。

4月6日(水)、経世志塾(東京)で講義。昨日に続いて、講義の前半は3・11大震災によって歴史がどう変わったかについて話す。「歴史が変わる」というのは、社会心理が変わることに他ならない。

バブル崩壊以降「閉塞の心理」が日本を覆っていたが、震災によって「危機の心理」へと、明らかに意識が転換してきている。危機の心理は、これから益々強まっていくだろう。

4月7日(木)、政経倶楽部・東京4月例会に参加。
講師は、北原脳神経外科病院・理事長の北原茂実先生。

北原先生は被災地の救援から戻ったばかりらしく、まずその体験談から話された。そして、医療こそ日本経済を救う産業であることを力説された。

例会終了後、政経倶楽部連合会の理事・幹事会に出席し、浜松に戻る。

4月8日(金)、株式会社傳來工房(京都)の橋本和良社長と会談。同社の創業は、平安時代の初めとのこと。橋本社長は、これから京都経済界のまとめ役になる人だと思う。

4月9日(土)、政経倶楽部・福岡県支部4月例会で講義。テーマは、吉田松陰と『講孟剳記』。会場の「福新楼」は満席の盛況。懇親会では2時間の人生&経営問答になり、九州人の熱さを再認識した。

関東から政経倶楽部連合会・理事長の寒竹さんをはじめ、副理事長の宮崎さんと吉田さん、幹事の山本さんが参加。また、林塾・第5期卒で福岡県苅田町議の冨安正直塾士補が来てくれた。