国是が定まることによって、国家の存在意義が明らかになり国運が高まる!

こんばんは。今日の浜松は猛暑が収まって、風が吹けば涼しいくらいでした。しかし明日の台風21号の襲来が心配です。上陸前に勢力が弱まりますように。

◆今週末、京都で講義します。心が洗われる内容ですよ!
☆京都林英臣勉強会 9月8日(土)午後2時~5時 おむすび懇親会あり
演題:「中江藤樹に学ぶ徳の高い生き方」

会場:ちおん舎(中京区)
参加費:社会人3000円 大学生2000円 高校生1500円
中学生・小学生1000円 家族割引あり
ご予約は→小笹嘉洋(おざさよしひろ)さんへ ozasa57577@docomo.ne.jp
または小笹嘉洋さんのフェイスブックからどうぞ

◆林塾関係者の選挙情報です。人物・識見とも、しっかりしています。
☆10月7日(日)告示→14日(日)投開票
今中真之助塾士(11期生)熊本県宇土市議選
☆10月19日(金)告示→28日(日)投開票
先崎温容塾士(6期生)福島県議会補欠選
☆11月11日(日)告示→18日(日)投開票
岩堀研嗣塾士(6期生)千葉県松戸市議選 

●日記● 平成30年9月1日

◆9月1日(土)、南信州の伊那谷文明維新塾で講義。 
演題は、西郷隆盛が心服した男~橋本左内と『啓発録』に学ぶ立志の基本。それぞれの心に深くしみ入り、魂がかっと熱くなる話しが出来たと自負している。元氣の種火をお持ち帰り頂けたと。

関東から、文明法則史学研究所の服部匡成所長がご参加。

政界関係からのご参加者は下記の通り。
宮下 一郎 氏 (衆議院議員、元財務副大臣、国会綜學勉強会筆頭世話人)
三原 一高 氏 (駒ケ根市議)
小原 茂幸 氏 (駒ケ根市議)
坂井 昌平 氏 (駒ケ根市議)
伊東 正人 氏 (駒ヶ根市議)
小林 眞由美 氏 (伊那市議)
原 一馬 氏 (伊那市議)
久保島 巌 氏 (飯島町議)
柳生 仁 氏 (中川村議)
飯島 寛 氏 (中川村議)
川手 三平 氏 (宮田村議)
宮下 治 氏 (元駒ヶ根市議 ※ご勇退)
清水 正康 氏 (宮田村議・議長、伊那谷文明維新塾事務局、林塾1期生)

●評論・随筆●

◆国是を考える:その11◆
☆国是が定まることによって、国家の存在意義が明らかになり国運が高まる!

「共生文明の創造」、「高徳国家の建設」、「公益経済の確立」。これらは表現として少々難しいが、30年以上に亘る考察を経て集約させたものだ。この3つは、林塾では「国是三綱領」と呼んでいる。

国是は国の大方針であり、国家の基本理念だ。そこには目指すべき国家像と、国民の進むべき方向が示されている。国是が定まることによって、国家の存在意義が明らかになり、国運が高まるのである。

明治以来我が国は、西洋中心の物質文明と個人中心の人間観、さらに略奪膨張型の資本主義経済を受け入れ、これらを基盤に据えて国家建設に励んできた。

ところが、この考え方とあり方が大きく行き詰まり、今後の日本と世界を主導する原理から程遠いものとなってしまった。今こそ、国家の基本精神そのものから見直しを図り、国民が希望を持てる国是を打ち出すべきである。

先に述べた通り、新しい国是は、これから150年以上持続するものでなければならない。明治以来、およそ150年に渡って価値ある伝統が損なわれつつ今に至り、5つの歪(ゆが)みが蓄積されてきた。それを本来の姿に戻しつつ、世界の平和と人類の幸福に貢献する国家を創成していくのだから、同等の時間を要するというわけである。

☆地方は寂れる一方だ。これをどこかで切り替えていかないと…

5つの歪みの4点目は「東京一極集中という歪み」だ。明治維新以来、地方の優秀な人財はひたすら東京(大都会)を目指した。一流大学で学び、そのまま一流会社に就職し、もはや故郷に戻るということはなかった。これを150年間やってきたのだから、地方が衰亡するのは当たり前だ。東京は地方が育てた人財によって、一極繁栄を続けてきたのである。

地方は寂れる一方だ。これをどこかで切り替えていかないと、東京(首都圏)に残存している“残り汁”を啜り終わったときが日本の最期となりかねない。

では、どうするか。筆者は「分都」をやるべきと考える。例えば、実務を行う東京は「政都」、文化の奥座敷である京都(関西圏)は「皇都」と位置付け、両都の連絡で首都機能を担うというのはどうか。日本にやって来る外国の首脳は、まず政都で会議をし、皇都でおもてなしを受けるのである。

そうなると皇居は皇都に遷すことになるが、天皇陛下は、やはり東京にお住まいになられるべきだという意見もある。天皇陛下が政府や国会の近くにおられてこそ、政治家は襟を正すことになるという意見だ。それは尤もな見解だと思うが、陛下には政都(現在の皇居)と皇都(新しい都)を行き来して頂くという方法もあるのではないか。

兎に角、少子高齢化によって、地方はお先真っ暗となっている。地方再生は急務だ。地方分権を進めるにあたって、水系(大きな河川の流域)や歴史(かつての藩やクニなど)は、道州制や基礎自治体の境界を決める際の基準となるだろう。

☆対立観や闘争観でのみ世界を理解しようとすることの間違い

5つの歪みの最後は「部分対立思想という歪み」だ。物事の断片だけ見る部分観や、社会・歴史を闘争の産物とだけ見る二元対立観などによって、狭い考え方が蔓延(はびこ)り、人間そのものが小さくなってしまった。西洋から入ってきた利己的な個人主義、科学によるシンプルロケイション(物事の単純化・部分化)などがその背景だ。

明治以来、学校で学ぶことになった「弁証法」が、それに拍車を掛けた。弁証法は、ある物事(正)に対して矛盾(反)が生じ、正と反の対立を超えて発展(止揚、アウフヘーベン)を期していくという「ものの見方」である。

この見方によって、物事の本質を掘り下げて行くことが可能となったが、その一方で、何でもかんでも矛盾・対立で見ようとする習慣が、次第に知識人に身に付いていった。

そもそも矛盾や対立は、物事の関係における一形態に過ぎない。確かに、自然界にも人間社会にも、対立や闘争は日常的に起こっている。が、それ以外に併存や共存、協力や互恵関係もある。むしろ、共生関係のほうが基本となっていよう。

歴史を見れば、地位や立場の違いを超えて協力し合うことは、普通に見られる現象であることが分かる。律令国家の建設期に編纂された「万葉集」を見よ。天皇から庶民に至るまで、身分を問わず全国民的に歌が詠まれていたではないか。階級協力の事実を、そこに見出すことが出来る。

対立観や闘争観でのみ世界を理解しようとすることの間違いも、これから正さねばならない。実は、この哲学思想の部分観に対する改革こそ、時間を要するが、一番根源的で最も有効な取り組みとなるに違いない。

「部分対立思想という歪み」、これを全体観に戻していくための学問を、筆者は「綜學(綜合学問)」と名付けた。メルマガ「林英臣の元氣メール」に「綜學」を連載中だからご覧頂きたい。

天地自然や人間・社会の変化活動を捉えたければ、弁証法という部分観に頼らなくても、東洋には陰陽論や無常論などが既にある。古事記を紐解けば、中心論や陽陰論による生成発展観がしっかり描かれている。もっと東洋・日本思想を見直そうではないか。
→次回に続く