西郷隆盛が、死ぬまで携えていた20年前の手紙

こんばんは。
今日は「沖縄慰霊の日」、昨日は夏至でした。

●日記● 平成23年6月14日~23日

★☆打てば響く! だから一段と熱が入る

6月14日(火)、東林志塾(遠州・浜松)で講義。参加者に、静岡県議会議員が二人いた。袋井市・周智郡(森町)選挙区(定数2)選出の二人だ。今後の活躍が期待される若手で、大変熱心に聴講してくれた。

胡散(うさん)臭い地方議員もいる中で、彼らのような真面目な議員がどんどん増えている。いずれ浜松市長を目指しているという女性も初参加。

打てば響く! だから講師も一段と熱が入る。普段に増して情熱を込めて話すことが出来た。

★☆オールジャパン体制で国難を乗り越えようとした橋本左内

6月15日(水)、人間力養成塾(第2期)で講義。綜観も全身全霊で話すが、塾生たちもド真剣に聞いてくれる。有為の若者たちが集まっているから反応がすこぶるいい。今日のテーマは、橋本左内と『啓発録』。

黒船来航の直後、幕府は「安政の改革」を始めた。伊豆・韮山の反射炉建設、江戸湾のお台場(砲台)築造、江戸の洋学所(蕃書調所)や講武所(武術の訓練所)、長崎の海軍伝習所などを次々設立した。これらは、列強に負けない日本を創るための取り組みであった。

また幕府は、アメリカが突き付けてきた開国要求を朝廷に報告し、諸大名に意見を求めた。その一連の変化の中から、雄藩連合運動が起こっていく。今まで幕政に関与出来なかった、御三家の水戸藩や尾張藩、親藩の越前藩、外様の薩摩藩や土佐藩などが連絡を取り合うようになったのだ。

そして、改革のトップに有能な将軍を選び、天皇を中心とするオールジャパン体制を築くことで、難局を乗り越えようという機運が盛り上がった。この運動の「扇の要」の位置にいたのが橋本左内で、盟友には西郷隆盛がいた。

改革派(雄藩連合)vs守旧派(譜代小藩)

ところが、老中を出すなどして幕府の実権を握っていた譜代の小大名らが、雄藩連合に不満を表した。それまで幕府政治は、譜代の小藩が政権を握ってきた。たとえ御三家や親藩であっても、基本的に大藩には実権を与えないのが徳川の統治機構だったのである。

力の無い者に権力を与え、力のある者は政権に近付かせないという、これはこれで巧みな統治システムであった。力のある者に権力を与えることで、徳川将軍家を凌ぐような勢力が育ってしまうことを未然に防いできたのだ。

既得権益を守ろうとした譜代小藩らは、彦根藩主の井伊直弼をトップに立てて雄藩連合を潰しにかかる。雄藩連合側が一橋慶喜を将軍候補に立てると、小藩譜代側は紀州の家茂(いえもち)を候補に推した。

前者は一橋派、後者は紀州(南紀)派と呼ばれたが、結局一橋派は敗れてしまう。すなわち橋本左内は負けたのだ。その後、井伊直弼による安政の大獄が起こって、悲運にも左内は数え年26歳の若さで処刑されてしまった。

西郷隆盛が、死ぬまで携えていた20年前の手紙

もし、左内の改革運動が実っていれば、その後の日本はどうなっていたか。左内のビジョンは、後の龍馬の「船中八策」を凌ぐほど優れた内容を持っていたことからすると、伝統と革新を調和させた新生日本を起こせたのではないかと思う。また、左内の運動が成功することで安政の大獄がなくなれば、それ以後の動乱が小さくなり、犠牲者は随分少なくて済んだことだろう。

が、雄藩連合が上手くいけば、将軍と徳川家は残ってしまう。武士階級も存続しただろう。やはり幕府を倒さなければ、旧体制の崩壊が不十分となって、近代日本の誕生は中途半端な形になっていたのだとすれば、雄藩連合は頓挫せざるを得ない運動であったと受け止めるべきか…。

いずれにせよ、左内の働きがあったからこそ、近代日本が誕生したことは確かである。左内の構想が西郷に受け継がれていったことからも、そのことは肯定できる。

西郷が城山で死ぬとき、携えていた鞄から古ぼけた書簡が出てきた。それは、20年前に左内から差し出されたものであった。西郷がどれほど左内の人物を認めていたかが、よく分かるエピソードであろう。

★☆博多→岡山→広島→神戸→京都を回る

6月16日(木)、東京から浜松に移動し、庶務と明日から4連戦の準備。
6月17日(金)、林塾「政治家天命講座」第6期・九州6月例会で講義。
6月18日(土)、岡山連続セミナーで「松下経営学」を講義。
6月19日(日)、広島文明維新塾で「吉田松陰」其の一を講義。
6月20日(月)、今啓林会(神戸)で「吉田松陰」其の一を講義。

6月21日(火)、綜學社“應援團長”の武藤隆文さんのご案内で、八坂神社、清水寺、東寺、龍安寺を回る。事務所に祭る神棚や、玄関先に置く植物を購入。武藤さんから、大正時代製造の精工舎(セイコー)柱時計も頂いた。

6月22日(水)、今日は心身を休めるため「オフの日」とした。
6月23日(木)、西日本出張中に進めていた冊子の校正を仕上げる。
政経倶楽部連合会・林英臣講義抄録・経営者のための「東洋思想入門講座」。約90ページの冊子で、簡潔ではあるが、よくまとまっていると自負している。