天下を救う経営者グループが名古屋にも誕生!

こんばんは。今日23日は、勤労感謝の日。
宮中をはじめ、各地の神社で新嘗祭が行われました。
それから本日は、少し雪が降りそうに寒くなる「小雪(しょうせつ)」の
日でもあります。

◆松下政経塾32期生の廣瀬泰輔君から、15日の後輩指導へのお礼メールが来ました。彼は、防衛大を出て海上自衛隊に勤務した経験から、「戦略的海洋国家」の実現を活動テーマとしている俊英です。

(廣瀬君からのメール、ここから)
本日はお忙しい中ご講義を下さり、誠に有難うございました。

当初の位置付けは塾主研究の一環でありましたが、塾主に関するお話のみならず、様々な角度からお話を伺うことができ、大変勉強になりました。特に、「塾主への恩返し」というお言葉からは、先生の塾主に対する熱い思いが感じとれ、現役塾生として非常に考えさせられるものがありました。

今回は短い時間ではありましたが、先生には今後とも、ご指導・ご鞭撻を賜りたいと考えております。よろしくお願い致します。
(ここまで)

32期生たちにとって、松下塾主は歴史上の人物です。その松下翁から直に学んだ一期生が、「恩返し」と語ったことに響いてくれたわけです。

恩返しは、日本人の生き方の基本です。これを忘れたら、日本人ではなくなると申せましょう。

なお、メルマガ前号の「日記」に、廣瀬君ら本年度入塾生を松下政経塾23期生と書いてしまいましたが、正しくは32期生です。大変失礼しました。

そして、同じ32期生の江口元気君と、丸山哲平君から手紙の礼状を頂きました。ご丁寧に有り難う存じます。

◆本メルマガ608号でご紹介した、「政治家天命講座」を受講中の、先崎温容(せんざきよしなか)塾生(林塾6期生)が、福島県議選(田村市滝根町)で当選を果たしました。大いに今後の活躍を期待します!

◆26日(土)は伊那谷文明維新塾で講義します。
『幕末に学ぶ、現状日本が進むべき道』~これからの国づくり 人づくり~
日時:11月26日(土)、午後5時半~8時
会場:JAみどりの広場(飯田市鼎東鼎172)
会費:一般は無料、文明維新塾関係者は協力費1000円
事務局:清水正康(林塾1期生、宮田村議 TEL-0265-85-2070 FAX–85-5526)

●日記● 平成23年11月16日~22日

★☆天下を救う経営者グループが名古屋にも誕生!

11月16日(水)夜、一般社団法人・政経倶楽部連合会の、名古屋支部設立準備会で講義。我々がなぜ、政経倶楽部を広めるのかについて話した。

その理由の一つは、政治家だけでは世の中を変えられないところにある。政治家は常に選挙を意識し、いつも有権者の顔色を窺っており、時代に対して後ろ向きになることが多い。そのため、考え方が古くなって、大局観や先見性に乏しくなりがちだ。それを補うのが、経営者の視点や識見である。

ところが、政経一体で日本を改新しようとする経営者グループというのは、ありそうでない。経営者勉強会や社長交流会、社会奉仕団体などは沢山あるものの、ダイレクトに日本を動かすことを目的とした活動体は、なかなか見当たらないのだ。

そういう隙間を埋めて、日本を再生・創生するのが政経倶楽部の使命である。今日は本部から吉田平理事長、寒竹郁夫ファウンダー、坂間明彦専務理事、伊澤裕一郎事務局長が名古屋入り。また林塾から、新村和弘塾頭(1期生、浜松市議)が参加し、気合いを込めて「政治家天命講座」を紹介してくれた。

素晴らしいメンバーが参集しているから、きっと来年早々に設立出来るだろう。誕生すれば、東京、千葉県、福岡県、大阪に続く5番目の会となる。

★☆己(おのれ)一人で国を担う志が出来ているかどうか

11月18日(金)、林塾「政治家天命講座」第6期・九州11月例会で講義。毎日「死の覚悟」を定め、使命に命懸けとなるのが武士の生き様であった。それは、知識やテクニックで生きることとは次元の違う、もっと「人生の第一義」を重んずる生き方である。

武士道書の『葉隠』では、覚悟を定めるために、まず「大高慢であれ」と諭す。大高慢とは、己(おのれ)一人で国を担う精神のことだ。

この大高慢という器量をつくることなく、小さな心のままでいたのでは、いくら真面目に学び続けたところで、心胆に定着するものは少ない。大高慢であってこそ、自分が背負うべきものが明確となり、人生を賭けて惜しくない夢や、本望と呼べる志が定まっていくのだ。

この大高慢と、さらに「後れを取ってはならない」ことも重要な心得となる。大事な場面で、即座に動けるかどうか。気付いた瞬間、間髪を入れることなく動いている自分が、そこにいなければならない。いつでも刀を抜ける体制でいよ、ということだ。

そして、いざというときが今日であっても大丈夫なように、心身を鍛えておくのが武士の日常であった。武士くらい体調管理を必須とする身分はなかったと言える。スポーツに例えれば、アップの出来た状態を常態とするのが、武士の心得だったのである。

京都から博多に移動し、到着して5分間挨拶し、ただちに京都に戻った男

さて、林塾の11月例会は、関東・関西・九州いずれも、来期予定者を迎えての講座となっている。それら各所の講座を統括しているのが、天命部会長(※天命部会~政治家天命講座を構成・運営する部会)の岡本忠蔵塾士(林塾2期生、京都府議)だ。

なんと岡本塾士は、本日の講座の始まりに5分間挨拶をするという、ただそれだけのために、わざわざ京都から博多に来てくれた。直前に博多入りし、5分間の挨拶後、ただちに京都に戻っていった。

★☆豪傑の傍らに女傑あり

11月19日(土)、政経倶楽部連合会・福岡県支部11月例会で「勝海舟」を講義。勝の弟子が坂本龍馬、坂本龍馬と意気投合した薩摩藩士が西郷隆盛、その西郷と江戸城無血開城の直談判をしたのが勝海舟。

これらの大物が、かくも近い関係にあったことに驚かされる。また、吉田松陰や坂本龍馬の師であった佐久間象山の妻が、勝の妹(順)だった。順は、どうしても大学者の妻になりたくて象山に嫁いだ。象山は傲慢な変わり者で知られていたが、女傑の順には、それがよかった。豪傑の傍らに女傑あり。

この日は、政経倶楽部本部から吉田平理事長と、伊澤裕一郎事務局長が、林塾から冨安正直塾士(5期生、苅田町議)が参加してくれた。

★☆プロスポーツ選手は二度死ぬ

11月20日(日)、博多から広島に移動し、広島文明維新塾で「橋本左内」を講義。左内15歳(数え年)の書『啓発録』の第一条が「稚心を去る」だ。稚心とは子供じみた幼心(おさなごころ)のことで、これを取り去らないと武士にはなれないという。

稚心をよくよく考えてみると、50歳には50歳の、80歳には80歳の幼心がある。人間は常に初めてのことを体験して成長していくのだから、年齢毎の幼さがどうしてもつきまとう。生まれて初めて言葉を話し、生まれて初めて歩き、生まれて初めて恋をし、生まれて初めて子供を持ち、生まれて初めて孫を抱き、そうして生まれて初めて死んでいく。その都度、初心者の稚心が生ずるのも仕方あるまい。

死ぬといえば、プロスポーツ選手は二度死ぬことになる。一度目は選手寿命が尽きて引退するとき、もう一回は本当にこの世を去るときだ。まだ30代なのに年々肉体は衰え、刻々と引退が迫ってくる。それは自分との闘いだ。

それに比べると、綜観のような思想家は楽だ。むしろ加齢と共に、知恵と識見が身に付いてくる。体力は落ちてくるが、講演会場で全力疾走する必要はない。他の講師と格闘になることもない。

しかし、そういう利点に安住すると成長が止まってしまう。真剣にこの一年に賭けるとか、あと数年の選手寿命を覚悟するとかいった、緊張した環境にいないから、まだまだゆっくりやればいいさという、甘えが生じてしまうのである。

そうならないためには、数年ごとに節目を定めるなどして、人生をだらだら間延びさせない工夫が要る。3年後には何を達成目標とし、そこで何を削ぎ落とすか。それを、腹を据えて考えなくてはならない。節目とは、何かを捨てて人生を整理する機会のことなのだ。

とにかく、あれもやりたい、これもしたいではなく、残りの人生を何に集中させていくかが重要である。綜観自身、志の高さが、益々問われてきた。

★☆「日本一の大勝負」を支援してくれる者を同志と呼ぶ

11月21日(月)、今啓林会(神戸)で昨日と同じ「橋本左内」を講義。今日は、綜観の志を思う存分話した。今日で175回目の講義だが、発足以来の参加者から「今までで一番、力が入っていた」という感想を頂いた。

綜観にとって同志とは、これから起こす「日本一の大勝負」に、人生を賭けて参戦したり、支援したりしてくれる大バカ者のことだ。そういう仲間が今、着実に増えている。

★☆新年のよきスタートを切りたかったら、年内にしっかり準備しておけ

11月22日(火)、その大バカ者の一人が、綜學社の三浦有貴事務局長だ。仙台出身の三浦は、日本改新への強い情熱を持って京都にやって来た。今日は綜學社事務所で、来年1年間の計画を徹底的に練った。

改めて気付いたことは、新年のよきスタートを切りたかったら、年内にしっかり準備しておかねばならないということだ。年が明けてから考えよう、なんていう悠長な姿勢では、始まりは4月になってしまう。

先手準備で後れを取らないこと。兵法の極意は、案外そういう基本的なところにあるのである。