こんな人間が指導者では、どうしようもない!

こんにちは。京都・大阪・兵庫でも、緊急事態宣言が解除されました。来月から少しずつリアルの講義が復活出来そうですね。

◆本号の「評論・随筆」の小見出しです。→内容は下記をご覧下さい。
☆こんな人間が指導者では、どうしようもない!
☆幹部や役職者に登用する際、どこを見て判断すべきか?
☆アフターコロナに何が待っているか?

●評論・随筆●

◆こんな人間が指導者では、どうしようもない!◆

「魏の襄王が暗愚であることは言うまでもない。が、その何が最も暗愚なのか。それは「世の中、これからどうなるのかなあ」という一言にある。このとき魏は、秦や楚、斉などの大国に囲まれ圧迫を受けていた。

ところが襄王は、憂いて努力することも、恐れて励むこともしない。その「世の中、これからどうなるのかなあ」という発言は世間話に過ぎない。こういうたわけ者と、どうして共に語り合えようか。

そもそも有志の人であれば、言語は自然に変わってくるはず。君主として切実な自身と国家の問題を、世間話としてしか話せないようでは取るに足りぬではないか!」吉田松陰『講孟箚記』

指導者の言葉には、重みというものが備わっている。責任者としての自覚が、自ずと言葉に威力を与えるのだ。

まれにだが、これが危機に立ち向かう政治家の言葉だろうか、人生を賭けている経営者の発言だろうかと、首をかしげたくなる人がいる。話を聞くほど、こちらの気持ちまで沈んでいく。

我が事と思わない無責任さ、指導者としての覚悟の不足、与えられた役割に対する本氣の欠如などが、言葉を空虚にさせるのだろう。

さあ、国難の今こそ、我が事としての覚悟を持ち、本氣で事に当たろう。腹さえ据われば、言葉に迫力が生まれ、同志が集まって来る。そして、天下を動かすことが可能となるのである! ※「魏」…チャイナ戦国時代の国

◆幹部や役職者に登用する際、どこを見て判断すべきか?◆

小生の講義を長年受けている経営者から「部下の中から誰を幹部に引き上げるべきか迷っている。判断するときの心得を教えて欲しい」という質問をいただいた。このウイルス禍の中で、部下の昇進について悩めるというのは誠に羨ましいことだ。答として、次の七カ条を挙げておいた。

◇リーダーに向くかどうかを判断するときの七カ条!

1、氣迫があるかどうかを見よ!
その者自身に備わった勢いが欲しい。但し、空元気や空威張りのことではない。派手に燃える赤い炎よりも、種火ともなる青い炎のほうがずっと良い。

2、性格に落ち着きがあるかどうかを見よ!
ふらつかない一貫性が欲しい。居心地のいい場所を求めて浮き草のようにさまようのではなく、立ち位置を定めて根を張っていく根性があるかどうか。性格にそれがあれば責任感も生じ、信頼される人となる。

3、間違えたとき、直ちに反省する素直さがあるかどうかを見よ!
ミスを指摘されても言い訳ばかりしていて結局誤らない。どんなに成績優秀でも、そういう輩がリーダーに就くと、かなりの確率で組織を壊す元となる。非を知れば、たちまち捨てるという「知非便捨」でありたい。

4、リーダーとしてのオーラが出るかどうかを見よ!
リーダーや指導者に向く人には、人を引き寄せる威厳がオーラとなって放たれている。この者を役に就けたとき、果たしてオーラが出てくれるかどうか。目を閉じて、その器を感じてみよう。上手くイメージ出来るなら任せてみる価値がある。

5、下の者に対して偉ぶるかどうかを見よ!
立場が下、年齢が下の者に対して常に尊大な態度を取る。同列の者に対しても、上からものを言い、格下扱いしたがる。そういう人間を、決して役に就けてはならない。やがて“飼い主”の手に噛み付くことにもなるだろう。

6、度を越して、名誉や利益を欲しがるかどうかを見よ!
いつまでも稚心が抜けず、周囲から誉めて貰いたがる人、認めて貰いたがる人がいる。成功の尺度を金銭にばかり置き、金から誉めて貰おうとしているような輩も同類だ。いわゆる名利の擒(とりこ)である。そういう度を越した人を役に就けると、確かに頑張りはするものの、息が続かず動きにムラが出易い。称賛を浴びないと立っていられないからだ。世間の空景気に左右されない超然さが欲しい。

7、地道に学んでいるかどうかを見よ!
リーダーや指導者としての知恵才覚は、やはり必要だ。よく学んで重要ポイントに気付き、それを自分に置き換えていく地道な努力を怠たるようではいけない。

以上、ご参考まで。

◆アフターコロナに何が待っているか?◆

あれこれ雑感を書きました。個々の意見について、ご批判もあるかと思います。長文ですから、◇を付けた見出しだけでもご覧くだされば幸いです。

◇自国第一主義の流れが、益々進む?!

ウイルス蔓延が収束したら、以前と同じように国際分業でいきたい。自国が得意な物を生産し、それを相互に輸出し合って貿易を振興する。それによって、この世界的“鎖国状態”から脱出しよう! そういう期待が経済界にある。だが、米中貿易戦争から起こった自国第一主義の流れは、むしろウイルス禍によって益々進む可能性があると思う。

◇米中対立によって両国とも動揺が深まる中、日本は自立した国家へ向かう

文明法則史学研究所(服部匡成所長)の予測によれば、アメリカは今、社会秩序(SS)の終了点(2025~2030)へ向かっている。チャイナはどうかというと、国内に経済危機が起こりそうな中で、(日本の安全保障にとって重要な)南西諸島や台湾、東シナ海や南シナ海への覇権を強めようとしている。その火事場泥棒的な膨張主義に対して、新型コロナウイルスが武漢発であったことと、初期対応に問題があったことによって、世界中から非難が起こっている。

チャイナは、清朝SSが1911年の辛亥革命でg点(終了点)を迎えて以来、100年を超える長い過渡期の中にある。共産党政権は過渡期の覇者として、間もなく終焉のとき(2020~2030)を迎えるというのが、これも文明法則史学研究所の予測にある。

則ち、米中二大国が動揺する中、真に国家と国民を守れるよう、自立した国家を如何にして起こすかが政治の最優先課題となったのである。米中以外の国々との連携も重要だ。

◇仕事が無くて困っている人、働き手がいなくて困っている人、その調整が必要になる

外国人技能実習生が来日出来ないので、農業・漁業の人手が不足しているとのことだ。ならば自粛で余ってしまった人材や、ネットカフェを追い出された若者たちに、「陸援隊(農援隊)」や「海援隊(漁援隊)」として活躍して貰うわけにはいかないのか。人財の調整が必要である。

◇東京一極集中から地方再生・地方分権へ流れが変わる

ウイルス感染の高リスクなど、過密する大都会が持つ危険性が認識された。中央政府が一元的に全国を統制することの、ムラ・無理・無駄が露呈した。テレワークやWEB会議等によって、地方にいても仕事が出来ることが分かってきた。これらによって、明治以来続いていた東京一極集中から、地方再生・地方分権へと流れが変わるだろう。

◇国民の行動様式や生活の在り方がガラッと変わるかも(構造的変化)!

とにかく他人とのリアルな間合いが遠くなる。多数の人間が集まる場所には、積極的に行かなくなる。外食よりも我が家で食事することが多くなる。密集したリアル飲み会よりもWEB懇親会が楽しくなる。医療の診察は、まずWEBからはじまるようになる。エンターテイメント等は少人数で間隔を開けて楽しむか、もしくはWEBで堪能するようになる。美術館や博物館は予約制か入場制限へ。インバウンドは以前の賑わいには(当面)戻らない(長めのブームだった)。旅行は団体ではなく個人が増える。旅行は控え目になり、無理してまで海外に行かなくなる。これらを考慮しながら、アフターコロナのビジネスモデルを創出しなければならない。集住しつつも分散・分離している田園散村的スマートシティが全国に誕生する。配達ロボットや警備ロボットなどAIロボットが普及する。

◇コバンザメのように有力者に隷従してきた者たちが混乱する

これまで有力者だった者たちの中から没落者が出てくる。その変化の中で、これといった信念を持たず、自ら立てた志も無く、まるでコバンザメのように有力者に付き従うことで生きてきた隷従者たちは、有力者の没落と共に混乱することになるだろう。(既に次の“ご主人”探しを始めているかも知れないが…)。

◆人類進化のチャンスが到来した、慌てることなく淡々と共生文明を創っていこう!

私益膨張資本主義のもと、経済覇権を目指して国家同士がぶつかり合う。それによって経済格差が拡大し、環境破壊が深刻化。人心も荒廃する一方であった。地球文明の意志が、それを止めさせようとして発生したのがウイルス禍だったというくらいの達観が欲しい。

この問題は、単に敵視しているだけでは前に進めないだろう。何かに当たりたくなるのは当然だが、不安や動揺をコロナだけのせいにし、外国のせいにし、政治のせいにしていたら埒(らち)は開くまい。

21世紀は文明転換期であり、いよいよその暴風域(2025~2050)に突入する。まだ入り口なのだから、ここで狼狽(うろた)えているようでは、あまりにも情けない。

世界は動く。歴史は変わり、文明も替わる。旧きものは役割を終え、その隣で新しきものが産声を上げる。宇宙から見れば、このウイルス禍で、人類進化のチャンスが到来したのだ。その大使命を腹に括り、慌てることなく淡々と共生文明を創っていこうではないか!