日本人の美徳は、すっかり消えてしまったのだろうか…

こんにちは。本当に早いもので、今日から6月に入りました。
ウイルス禍に対して、嘆いていても埒は開きません。向かうのは未来のみ!覚悟を据えて困難に立ち向かいましょう!

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●評論・随筆●

◆日本人の美徳は、すっかり消えてしまったのだろうか…◆

泥棒や詐欺、当たり屋が横行。ネットには、節度を欠いた誹謗中傷が溢れる。世間は、「俺はまだ10万円を貰っていない」と叫ぶ人たちで騒然!

あの阪神淡路大震災や東日本大震災の頃に見られた日本人の美徳が、今回のコロナウイルス問題下では、すっかり消えてしまったという嘆きの声を聞く。

私見であるが、二つの大震災のときも、変な人は随分いたものと思う。だが、それを上回って余りある「負けずに努力する人たち」や「手弁当で応援に入るボランティアの人たち」が現れた。それで、変な人たちの所業は、かき消されていたというのが実態ではあるまいか。

このウイルス禍にあっては、近くに困っている人がいても声を掛けられないし、手も貸せない。とにかく、近くに寄ってはいけないというのだ。

感染者を助けたくても、医療の専門家でなければ却って迷惑を掛けるし、雇用や生活の問題で役に立ちたくても、制度が精緻だから仕組みが分かっていないと難しい。

大震災のときと違うのは、震災が(日本全体から見れば)局所に発生した出来事であるのに対して、ウイルス禍は日本全体どころか世界中で発生していることにある。

だから、震災のときは道路が復旧すれば、日本中から救援・応援に向かうことが出来た。だが、今回はとにかく動いてはいけないのだ。これでは、潜在的に人助けをしたいと思っている人たちも、三密を避けて自粛しながら、ただじっとしているしかない。

そうなると、マスコミに出てくるニュースは、政府や自治体の対応への不満ばかりとなる。

そもそも、人は誰でも、その心に「濁った部分」と「澄んだ部分」を併せ持って生きている。

前者は、自己中心的になって怒り・妬み・嘆いてしまう心であり、後者は、ご縁に感謝し、回りの役に立ちたいと願う利他報恩の心だ。

また前者は、少しでも心をかき乱されれば益々濁り水となり、後者は、困っている人を見ると「何かしてあげたくて仕方なくなる、日本人らしい上澄みの心」となって現れてくる。

このウイルス禍では、前者の心ばかり目立ち、後者の心が覆い隠されてしまったのではあるまいか。

「10万円への怒り」も、自分だけ損をしたくないという心理が働いてしまった結果だと思う。早い話、皆で「支那そば」を食べたとき、自分だけチャーシューが入っていなくて平気でいられるだろうか。

「えっ!なんで俺だけチャーシューが無いの? 店のオヤヂは俺に怨みでもあるわけ?」と感じるのが人情である。一切れのチャーシューでも怒れるのだから、10万円ならもっとヤキモキして当然だろう。

日本人が本当に困れば、「百姓一揆」や「土一揆」、「打ちこわし」や「米騒動」などとなって爆発する。だが今回は、いわゆる暴動一つ起きていない。国民は、政府の指示に従い、集会を避けて静かに自粛したのだ。

それは日本人が骨抜きにされた結果だという見方もあるが、私は日本人の「上澄みの心」が、今なお存在しているが故であると信ずる。人間観として、日本人の善性を確信する次第である。(5月27日)

◆成果よりも、努力が前を行く人生でありたい…◆

努力よりも成績のほうが大きい。それを、人生のバブル期という。その時期に外から何か問題が起こると、より被害甚大となりやすい。

逆に、成績よりも努力のほうが大きい場合はどうか。こちらは苦労した分、外から圧力が掛かっても、持ち堪えていく底力が養われている。

信頼出来るのは、間違いなく後者だろう。常に、結果や成果よりも、努力と実力が前を行く人生でありたい。(5月29日)

◆もはや若いときのように甘えさせて貰えない…◆

若いと、それだけでチヤホヤされることが多い。年配の人に可愛がられ、実力以上に世渡り出来てしまう。

しかし、エージングは避けられない。加齢と共に、若さは色褪せていく。そして、たちまち世間は冷たくなる。

昔のように振り向いて貰えることは稀となり、こちらから声を掛けても一瞥(いちべつ)されるだけで終わり。あ~、悲しい。もはや、若いときのように甘えられないのか。

だからこそ、若さが通用するうちに、しっかり学んで実力を高めておきたい。そして、やがて迎える中年以降は、常に実力で勝負出来る自分になろう。

チヤホヤされ、甘えれば許して貰えていた自分と、ここでしっかり決別するのだ。ちょっと辛いかも知れないが、そこを意識すれば、学びがグッと深まるに違いない。(5月29日)