ウイルス禍を契機に、政治家の選び方を真剣に見直したい!

残暑お見舞い申し上げます。猛暑となりましたが、皆様お元氣ですか。小生は、これから空手道の稽古です。
今夏、ヂイヂ(私)は日本空手道連盟公認三段、バアバ(家内)は同初段、孫は1級上の審査を受けます。目標は本当に大事ですね!

●評論・随筆●
◆ウイルス禍を契機に、政治家の選び方を真剣に見直したい!◆

新型コロナウイルス問題への政治の取り組みが、遅くてちぐはぐしているという。だが、筆者の知る政治家たちは、国民を救おうとして連日一所懸命奔走している。

確かに、この非常事態に慣れていないため、対応が後手に回って遅くなったり、解決案が生かさるのに時間が掛かったりしていることは否めない。

思うに、対策が遅くなってしまう根本的理由は、そもそも「非常事態への対応を任務として政治家が選ばれていない」という点にあるのではないか。危機を乗り越えることを目的に、政治家に選ばれているわけではないと。

有権者としても、関心があるのは目の前の暮らしだけ。起こるかどうか分からない危機について、あれこれ聞いても関心が薄いし、その対策は説教じみていて面白くないはず。

結局、平常時の利害調整や困り事相談等に熱心な議員ほど次の選挙にも強くなり、そういう政治家が集まって議会が構成されていく。だから、いざ非常時となったときに政治が混迷するのも当たり前という気がするのだ。

これが警察官なら、突然起こった事件に直ちに出動出来るし、犯人や泥棒にも立ち向かえる。消防士なら、急に発生した火事に対して消化活動に取り組める。

それが出来るのは、警察官や消防士は、はじめから事件や災害に対応しようと決意した人の中から選ばれているからだ。

それに比べ政治家は、平常時の問題解決と、煩雑な実務に追われ過ぎていている。長期的な展望に立ち、危機への備えに費やせる時間を、殆ど持てなかったのではないかと拝察するのである。

これから人類は、文明交代期中の最激変期(2025~2050)に突入する。このウイルス禍を契機に、どういう政治家を選んでいくべきかについて、真剣に見直さなくてはならない。候補者の中に、危機乱世の申し子のような志士が、どんどん現れて欲しい!