29年ぶりに西安を訪ねる

こんにちは。3月に入りました。
4日間、西安(中国)を旅行しました。
旅の感想を、簡単ながら「日記」に書きましたのでご覧下さい。

◆明日2日(金)と明後日3日(土)は、岡山と四国中央で講義します。
岡山「大和言葉の世界観」講座
日本人としての感性や霊性を高めるための根本講座がはじまります!
マナヒ(國學)~大宇宙・天地自然・人間、その真理を究明しよう。
日時:3月2日(金)午後1時~2時半
会場:サン・クリニック アイナリーホール(岡山市中区中井248‐8)
申込:電話086・275・9501(月~金 10:00~17:00)

四国中央立志会
社員・中堅対象3月2日(金)午後7時~9時
「二宮尊徳に学ぶ日本人の生き方・考え方」第7回
大きな成功の秘訣は、小さなことを成功するまで積み重ねるところにある。
本来、不景気なし。農業は、あらゆる仕事の根本。成果の出やすいところから
手を着けよ。ゴールを想定してから取りかかれ。  他
参加費:2000円(初回無料)

社長・幹部対象3月3日(土)午前9時~12時
盛衰で捉えるナルホド近現代日本史
第6回 近代SS f点~g点頃(社会秩序の衰退期後半)
大東亜戦争の勃発と敗戦の理由。コミンテルンの策謀。
どうすればアメリカとの開戦を避けられたか。
挿入話~「南京虐殺は虚構である」精緻な研究を行った東中野修道氏の結論。

会場:二日間とも ホテル グランフォーレ(四国中央市三島朝日)
詳細お問い合せ 電話0896・23・3355(ホテル グランフォーレ)

●日記● 平成24年2月25日~28日

★☆29年ぶりに西安を訪ねる

2月25日(土)~28日(火)、中国・西安に行く。西安は、かつて長安と呼ばれた古都。秦・漢・隋・唐の都として栄えた。中国旅行では、最も歴史を味わうことの出来る都市である。

現在の人口は約840万人。大都市のはずだが、中国では1000万人を超えないと大都市とは呼ばない。

綜観は、29年前にも西安を訪れている。そのときは、「地味な街並みが続く都市」という印象であった。実際、唐代の建築物で残っているものは「大雁塔」と「小雁塔」の二つだけで、奈良や京都のようには歴史を感じさせてくれなかった。夜などは本当に真っ暗闇で、大きな道路に出れば、馬が引く荷車が行き交っていたのを記憶している。

ところが今回は、随所に中国らしい建築物が建てられており、その変貌ぶりに驚かされた。高層建築も、最上部が中国風になっているものが多くあった。

今回が何回目の訪中なのか、数えてみたら9回目。人、人、人…、どこを見ても溢れんばかりの人民のエネルギーに溢れ、その熱気に酔わされてしまうほどであった訪中初期の頃に比べ、最近は一つの落ち着きというものが出てきたと感じる。日本人というだけで、興味深く見られるということも全く昔の話だ。

周辺諸国との領土問題、民主化問題や人権問題、少数民族問題、環境問題、経済格差など、いろいろな課題を抱えてはいるものの、豊かさがもたらした余裕や自信が、大国意識と相俟って落ち着きを生んでいるのではあるまいか。

大雁塔、前回は最上階まで駈け登ったが…

29年前に泊まったホテルは、小雁塔のすぐ近くであった。今回は車窓から眺めただけであるものの、再びこの塔を拝すことが出来て嬉しかった。唐代に義浄というお坊さんがいて、仏典をインドから持ち帰った。それを翻訳し、経典を納めるために建てられたのが小雁塔だ。

もう一つの唐代の建築物である大雁塔は、同じくインドから帰った玄奘(三蔵法師)が持ち帰った仏典を、翻訳して納めるために建立された塔。29年前は駆け足で最上階まで登ったが、今回は遠望のみとした。

シルクロードの出発点とも言われる西安は、西域との交流を感じさせてくれる風貌の人と、しばしばすれ違う。イスラム教徒の回族の居住区には、イスラム寺院の清真大寺があり、ここも29年前に訪問している。礼拝を終えて出てくる人たちに、明らかに西域系だと分かる顔立ちが見られた。

青龍寺遺址に建てられた「空海記念碑」に拝礼

有名な兵馬俑(へいばよう)は、秦の始皇帝を守る地下の大部隊。29年前は、確か第1号坑のみの見学であったが、今回は第2号坑・第3号坑などにも入れた。

前回はまだ無かったものの一つが、青龍寺遺址に建てられた「空海記念碑」。空海は、新しい国家建設と人間開発の綜合原理を、密教によって確立するために唐に渡った。そして、青龍寺の恵果阿闍梨(けいか・あじゃり)から密教の真髄を修得。

恵果は、空海の在唐中(約2年間)に亡くなる。その追悼文は、数多くいた中国人の弟子ではなく、異国の日本からやって来た空海が書いたのだから凄い。空海の偉大さには、中国人も脱帽せざるを得ないらしい。

21世紀の今日も、日本を変え世界を救うための大思想の確立と、それを担う巨人の登場が必要とされている。我田引水ながら、綜學と綜學社の使命を再認識した旅であった。