誰だい?弟子の前で、平気で愚痴を言う師匠は…

こんにちは。今日の浜松は、風が少しあるものの、春らしい陽気になりました。

●日記● 平成30年3月23日~26日

◆3月23日(金)、祖父母の墓参りで龍島院(臨済宗方広寺派)へ。
その足で、賀茂真淵の師匠であった杉浦国頭(くにあきら)が、大祝を務めていた諏訪神社に参詣。そして、生家に寄って母を見舞い、曾祖父母と祖父母を祭っている仏壇に般若心経を上げる。龍島院と諏訪神社と生家は、全て浜松市中島町にある。夜は空手道の稽古へ。

その69 赤穂義士が実践し、吉田松陰に受け継がれた山鹿兵法

山鹿素行の思想の精髄は、日本学であると共に、武士の役割としての「治国平天下の道」を説く武士道政治哲学でした。まさに武士の生き様を教える、江戸時代の帝王学だったのです。

治国平天下に関する山鹿素行の教えをご紹介します。佐佐木杜太郎著『現代人の山鹿兵法』久保書店所収の文を元に、林が現代語訳しています。

国会綜學勉強会で「側近学」の講義

こんばんは。今日は、とても寒い春分の日でしたね。

●日記● 平成30年3月20日

◆3月20日(火)、第32回・国会綜學勉強会で「側近学」の講義。

側近は、左右の取り巻きや、単なるご意見番とは全然違う。側近は、トップの志を片腕となって実現させる人物のことであり、常に組織全体を把握しつつ、その活動をマネジメントしていかねばならない。それはトップ以上に大変な役割であり、陰となり嫌われ役ともなるのだから、よほど無私の心がなければ務まるものではない。

その68 知に深く、情に厚く、意に強い綜學の人

朱子学への批判は、幕府の御用学問への攻撃であり、それはご政道に対する抗議に他なりません。幕府から何らかの処罰を受けることは必定で、師の身の安全を心配した弟子たちは『聖教要録』の出版を止めようとします。

しかし、師の山鹿素行は本氣でした。学者として命懸けだったのです。「真理は懐にしまっておくものではない。聖人の教えの原点に戻り、これを天下に広め、後生の志士たちに期待するところに私の志があるのだ」と決意を告げました。

さあ、目を覚まそう!~150年間溜まった5つの歪み

こんばんは。神戸と広島で講義して浜松に戻りました。今日は「彼岸入り」、明明後日は「春分の日」ですね。
今週は、20日(火)が国会綜學勉強会、24日(土)~25日(日)が林塾「政治家天命講座」第13期・西日本合同弥生例会です。

その67 学者の良心に則って、御用学問の誤りを正す!

そこで素行は、幕府の御用学問である朱子学を専ら教えることにしました。朱子学を大成させたのは、チャイナ南宋の学者であった朱子です。朱子は、よく学んで物事の理を窮(きわ)めることと、雑念を払って身の振る舞いを厳粛にすることを教えました。前者は「窮理」、後者は「居敬」と言います。