指導者で子供は変わる

お早うございます。「雨水」が過ぎ、少しずつ温かくなってきました。

◆この土日は、湘南天命講座(第11期)で合宿(会場は箱根)。
来週は火曜日26日に国会綜學勉強会、水曜日27日が会津喜多方で講義します。また、土曜日3月2日は名古屋綜學院・林ゼミです。

☆会津立志セミナー 第26期・第5回
日時:2月27日(水)午後6時半~9時

その129 歴史を学んでも、少しも愛国心が生まれないのはなぜか?

主観と客観の説明を、もう少しします。どこか目立つところに、花が生けてあったとしましょう。沢山の人が通り過ぎる中、花を美しいと感じる人から、花の存在に全然気付かない人までいます。

主観に上(のぼ)らなければ無いのと同じであり、気付かなかった人にとって花は無かったことになります。花であれ何であれ、存在は主観で感覚されてこそ意味を持つのです。

松下幸之助翁は、弟子から必ず後継者が出ることを信じておられた

こんばんは。今夜も空手道の稽古に行って来ました。一日の稽古では大きな変化を感じませんが、稽古を積み重ねていくと動作が段々身に付いてきて、次第に成長を自覚出来ます。兎に角、稽古を続けることが肝腎ですね!

◆明後日から、神戸今啓林会→京都林勉強会→京都綜學社研修会の3連戦です。

その128 客観的に事実を掴み、そこから主観的に問題意識を起こせ!

四元論を述べるときに外してならないのが「四観」です。四観は、「主観」「客観」「表観」「裏観」の四つの観方のことです。これらが融合されますと、四元論としての綜合的観方が形成されます。

景色や花などを見たときに、それを美しいと感じるのは主観の働きです。「見」は網膜に映った段階に過ぎず、それを「綺麗だな」と心で観るのが主観です。文化や芸術は、主観をよく働かせることで、それまで無かったものが創造されます。

日本には、独自の考え方が無いってホント?

こんばんは。明日は建国記念の日です。神武天皇ご即位の年を紀元としたことから、戦前は「紀元節」と呼ばれていました。以来、今年で2679年目となります。

なお、2679年前は、紀元前660年になります。その頃は、まだ縄文時代だから金属器は使われておらず、鏡や剣が出てくるのは次の弥生時代からであって、神武天皇の御東征は作り話に過ぎないという批判がありました。

ところが近年の科学的な研究によって、九州では今から2800年前頃に、既に弥生時代に入っていたということが分かってきました。紀元前660年頃なら、十分カバーされることになります。

そういうことからも、皇紀2679年は荒唐無稽な年数ではなく、誠の心で受け継がれてきた記録(正史)であると思うのです。
(国立歴史民俗博物館による高精度炭素14年代測定法による結果)。

その127 王陽明の教え~明徳と親民は一つ、それをマトリックスで示すと…

この四元論を用いますと、今までいかに二者択一思考に囚われていたかに気付かされます。どれほど勉強しても、基盤が二元論のままでは、結局部分観から抜け出すことが出来ません。知識が増えれば増えるほど、思考が断片的になってしまう恐れがあります。

もともと四元論は、王陽明解説の「大学三綱領」を、分かり易く説明するために図示したのがきっかけでした。そのときの文を、そのままご紹介します。29歳頃の文章ですから、稚拙であることはご勘弁ください。

「陽明学と志」 林 英臣