世界恒久平和の礎になれるよう、
        日々精進、日々研鑽。

鎌倉市議会議員 高橋浩司

鎌倉市議会議員 高橋浩司

文明法則史学誕生の聖地鎌倉から愛を込めて!

10才の頃、米大統領ケネディの死の真相に関する本を読み、政治と言うのは、命を賭けて行う仕事であると認識し、東西冷戦下、常に核戦争の危機と隣り合わせの時代で、自分がその危機を救う政治家にるんだと決意し、今日まで政治の道を歩んで参りましたが、その想いとは裏腹な議員の活動のギャップに自分は何をしているのかとモヤモヤした日々を送っておりました。しかし林塾の門を叩き、文明法則史学を学び、歴史の大転換期である現代における日本人の役割を知り、何故塾長が、地方議員を集め政治家育成を始めたのかを伺い、遠回りであったが、自分は、林塾塾長の下で学ぶためにもがいて来たのだと肚にストント落ちたのでありました。

更には、文明法則史学を打ち立てた村山節先生は、鎌倉八幡宮の参道を歩かれていた時に啓示をお受けになられたとの事で、鎌倉の地で議員をやって来た自分は、強い因縁を感ぜずにはいられないのであります。

先輩塾士の政治に向かう姿勢に惹かれて

林塾長に初めてお会いしたのは、関東3期松尾崇塾士が、鎌倉市長に初挑戦した際の決起集会の時でした。その際塾長は、鎌倉開闢の大恩人である源頼朝公が、鎌倉幕府を樹立した時、京都にいた九条兼実へ政権構想を綴った書簡を送り、最後に「これが天下の草創である」と記した事をお話しになりました。歴史的にみて初めてとなる武家政権、そんな手本の無い政権運営における大高慢にして、使命感に溢れる書簡の話しに感動し、これだと一人小躍りしていたのを昨日の事のように思い出すのであります。

その後、鎌倉市長となった松尾塾士を支え近くで松尾塾士の市政運営を見て来ましたが、運営は常に綱渡り、それでも一切妥協も取引もしない姿勢は、天晴れとしか言いようがなく、正に政治の王道でありました。この男の政治的バックボーンは林塾にあるのだと気付いた時には、もう林塾の門を叩かずにはいられない私がいたのでありました。

志士政治家育成に向けて地域で種蒔

文明法則史学、大和言葉、古事記、国是三綱領、諸氏百家らの東洋思想、佐藤一斉、松下幸之助翁、安岡正篤先生、山鹿素行先生等の日本思想など林綜學を噛み砕き、議会報告の新聞に【「大和言葉」に学ぶ言霊と日本人役割」】と言うコラムと国是三綱領や文明法則史学等から見た時事ネタのコラムを必ず掲載するようにしています。文明の大転換によって近い将来日本を襲う大混乱に備え、多くの方々の頭の片隅に再生へ向かうヒントとして、メッセージが残るよう強い念子を飛ばし続けているのであります。

また、長男が26才、二男が20才、長女が17才でありますので、それぞれにも一緒に食事をしながら林綜學の話しをしたり、息子の大学の友達らを我が家に招き合宿しながら、林綜學の話しや鎌倉市政や鎌倉の歴史の話しをしたりしています。

いつかこの小さな種蒔きが実を結び青年らが隆起する事を祈る日々であります。

青年達と楽しい一時、タイやモンゴルの学校支援も長く続けています。
(写真:青年達と楽しい一時、タイやモンゴルの学校支援も長く続けています。)
  • 平成5年
    鎌倉市議会議員 初当選

  • 平成5年~現在
    鎌倉市議会議員 6期目

  • 平成19年・平成21年
    鎌倉市議会副議長