No.42 助かりたいと思い過ぎると、助からないことがある

何とかして仲間を助けたいと考え、冷静に手を打っていく

五感と第六感は、生命を守るセンサーであり、これらによって死の入り込む余地の無い境地に到るということを述べました。センサーの働きによって、知らず知らずの内に生地から死地に移ってしまうことを、未然に防げるわけです。

さて、生地から死地へ移動してしまう理由について、老子は「生きたい・生きたいという(執着心が)厚いからだ」と教えています。

勝ちたい、勝ちたいと思うと、部分しか見えなくなって、結局勝てないと先に書きました。同様に、助かりたいと思い過ぎると、助からないことがあります。助かりたいと思うことで恐怖心が起こり、自分のことしか考えなくなっていく内に心身が疲れ切っていくのです。

海や山で遭難したとき、助かる可能性が一番高いのは、隊員よりも隊長だと聞いたことがあります。隊員は死の恐怖によって、意識がどんどん自分に向いていきますが、隊長は何とかして仲間を助けたいと考え、冷静に手を打っていきます。

そうすることで、自分が生き残れるかどうかという執着心から離れることが出来ます。隊長は最後まで気力を保っており、助かるのは隊長他数名ということにもなるのです。

伊勢の船頭、漂流してロシアに渡る

その一例をご紹介します。大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)という、江戸時代は伊勢国の船頭がいました。光太夫は天明2年(1782年)、江戸へ向かう途中で嵐に遭って漂流します。

そして、アリューシャン列島に漂着し、大変な苦労をして首都のサンクトペテルブルクへ向かいます。帰国するには、首都にいる女帝のエカチェリーナ2世に謁見しなければならなかったのです。やっと許可を貰った光太夫が帰国したときは、漂流から10年近い歳月が経っていました。

最初に伊勢から出航したときの仲間は、総勢17名(光太夫含む)でした。途中で多くが死亡し、帰国出来たのは光太夫を入れて3名のみとなります(ロシア(イルクーツク)に残った2名を除く)。

帰国した光太夫は、幕府にロシア情勢を伝える役割を果たしました。一人でも多くの仲間を帰国させたいという、船頭の責任感が彼の「生地」を支えたのです。(続く)