No.47 何かに命じられて働いているのではない

道は万物を生じ、徳が万物を育む

《老子・第五十一章》
「(天地自然の原理である)道は万物を生み、(道の)徳は万物を養い、物それぞれの形勢が成り立った。そういうことから、万物の中で道を尊び、徳を貴ばないものはない。

道が尊く、徳が貴いのは、何かが命じているわけではないのに、常に自ずから然りであるところにある。だから道は万物を生み、徳が万物を育て、そして生長、生育、安定、充実、養護、庇護していくのだ。

生み出しても我が物とせず、それらを働かせてももたれかからず、上に立っても支配しない。これらを奥深い徳という。」

※原文のキーワード
万物…「之」、養う…「畜」、形勢…「形、勢」、成り立つ…「成」、
そういうことから…「是以」、自ずから然り…「自然」、生長…「長」、
生育…「育」、安定…「亭」、充実…「毒」、養護…「養」、庇護…「覆」、
我が物とせず…「不有」、働かせる…「為」、もたれかからず…「不恃」、
上に立つ…「長」、支配しない…「不宰」、奥深い徳…「玄徳」

自然にそうしているから尊い

繰り返しますが、「道」は天地自然の原理であり、あらゆる物を存在させている根源のことです。この「道」にも、「徳」があります。徳とは、その物らしさのことですが、道の徳は万物を養う造化の働きに他なりません。

そして、道と徳によって万物は形勢、即ち形と勢いを与えられました。形は形体、勢いは、その物が存立するための場の拡がりのことです。

即ち、万物は悉く道と徳によって存在しているのです。だから「道を尊び、徳を貴ばないものはない」となるのです。

さらに道が尊く、徳が貴い理由は、何かに命じられて働いているのではなく、自然にそうしているところにあるとのこと。自然そのままだからこそ「道は万物を生み、徳が万物を育て」、あらゆる物を「生長、生育、安定、充実、養護、庇護していく」ことになるのです。

成果を出しても舞い上がらない

その大自然の原理である道は、万物を「生み出しても我が物とせず、それらを働かせてももたれかかり」ません。自分の手柄だと自慢したり、成果に寄り掛かったりしないのです。だから「上に立っても支配」しません。こういうどっしりとした姿勢を「奥深い徳という」言葉で表現して、本章が締め括られています。

補足ですが、最後の「生み出しても我が物とせず、それらを働かせてももたれかからず、上に立っても支配しない。これらを奥深い徳という」部分は、第十章にも出ています。これを単なる重複と捉えるのか、繰り返すくらい大事な言葉と受け止めるのかです。

筆者は、「奥深い徳」、即ち「玄徳」の大切さを示したいが故の重複と考えます。活躍して成果を出しても、舞い上がることなく淡々として生きていく潔さを教えていると思うからです。

また、原文では、安定は「亭(てい)」、充実は「毒」となっています。亭は停であり、とどまるという安定の意味があります。「毒(どく、とく)」は「篤(とく)」に通じることから篤い、つまり充実の意味を持つことになります。
(続く)