No.48 欲望に囚われなければ、微小なものを察知出来るようになる

根源の現象の関係を知りなさい◇

第五十二章は、三つの内容で成り立っています。第一に、根源(母)と現象(子)の関係を知りなさいということ。第二に、欲望の入り口(目・耳・鼻・口など)を閉ざしなさいということ。第三に、微妙を明察しなさいということです。

これらは、一つにつながっています。第一に言う根源を知るためには、第二の欲望に振り回されないということが必要であり、欲望を抑えられるようになれば、第三に言う微妙なものを明察出来るようになるというわけです。

そして、それが道という根源に立ち返り、道に従う生き方であると締め括られています。

《老子・第五十二章》
「天下に始があり、それが天下の母となっている。その母を得た上で、またその子を知り、その子を知った上で、またその母を守れば、身を没するまで危うくない。

(身体の)穴を塞ぎ、(欲望の)門を閉ざせば、終身疲れない。穴を開き、その(欲望を満足させる)事を為せば、終身救われない。

微小を見ることを明といい、柔を守ることを強という。光を用いて、明に復帰すれば、身の禍(わざわい)を遺すことがない。これを常(の道)に入るという。」

※原文のキーワード
~上で…「既」、また…「復」、危うくない…「不殆」、穴…「兌(たい)」、
疲れない…「不勤」、為す…「済」、微小…「小」、災い…「殃」、
入る…「習(襲)」

感覚器官が欲望の入り口になる

本章の意味を、さらに分かり易く述べてみましょう。

この世界には「道」という始があり、それが世界の根源(母)になっています。その根源を掴(つか)んだ上で、子である現象を知り、現象を知った上で、さらに根源を保持していけば、身を終えるまで安心となります。

人間の身体には、目や耳、鼻や口などの穴があります。穴は感覚器官となって外界を認識するのですが、欲望の入り口(門)にもなっています。

それらの穴を塞ぎ、門を閉ざせば、身を終えるまで疲れなくなります。反対に、穴を開けて欲望の導くままの事を為せば、身を終えるまで救われないでしょう。

欲望に囚われなければ、微小、微妙なものを察知出来るようになります。そうして、あくせくすることなく柔らかでいることが、強靱な人生の元となります。

また、人から発せられる光が働いて、明察な感覚を取り戻すことが可能となります。我が身に、禍や不幸が降りかからなくなるでしょう。

これらが、変わることのない道に立ち返り、道に従っている状態です。
(続く)