No.68 主体性を確立せよ

変化に動揺せず、圧力に屈せず

先に、生命を維持・発展させる上で、五感はとても重要だと述べました。
五感は視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚です。これらが鋭敏に働くことで、外敵から身を守り、自分に必要な物と不必要な物を選(よ)り分け、命を正常に機能させることが可能となります。

ところが老子は、「穴を塞ぎ、門を閉じ」よと言います。「穴」は目や耳などの感覚器官、「門」は欲望の入り口を指しています。これらを塞ぎ、閉じてしまったら、当然のことながら五感は働かなくなります。

老子が教えたかった基本の一つが、主体性の確立にあります。外物の変化に動揺したり、外界からの圧力に屈したりすることのない、芯の強さが主体性の意味です。

それは、自己の内側から育てていくものです。外から貼り付けたり、後からくっつけたりするものとはわけが違います。仮の自分や、偽物の自分ではいけないということであり、真我である「樸(ぼく)」(先天の徳である荒木のこと)を素直に伸ばしていかないと本物にはなりません。

信念を曲げ、権勢に屈し、魂を売り渡してまで偉くなりたいのか

その際、表面のきらびやかさや、見た目の華やかさ、活動の派手さなどに目移りするような状態でいますと、なかなか主体性の確立には至りません。あっちにふらふら、こっちにふらふら、という腰の定まらない様子が続いてしまうのです。

ところが、この表面に囚われることのない不動心に至るというのが、殊の外大変なことであり、人間はどうしても五感に惑わされてしまいます。表面的な美しさや威厳といったものに心奪われ、高い地位や勲章に目が眩み、金に釣られて、たちまち自分を見失っていくのです。

そうなってはいけないから老子は、感覚の穴を塞ぎ、欲望の門を閉じよと教えました。地位や名誉、それに伴う権力や利益。それらは、天下国家を生成発展させるために必要となる手段か、あるいは一所懸命努力した結果に過ぎないのだと。

手段や結果を目的化し、それを得ようとして汲々とすれば醜い人生となります。
信念を曲げ、権勢に屈し、魂(真我)を他人に売り渡してまで偉くなろうとする生き方を、一体誰が美しいと思うでしょうか。(続く)