No.77 肩の凝らない社会から、洗練された文化が生まれる

◇権力の集中と活動の自由は、どちらも必要◇

規制と自由のバランスについて、歴史の例を述べてみます。権力というものは、常にそれを強める方向に力学が働きます。権力の集中であり、そのために規制や法律を多くしてまいります。制限が増えれば民衆は生き難くなりますから、それに反発して、活動の自由を求めることになります。

結論から言えば、この権力の集中と活動の自由は、どちらも必要です。
国家という集団を組織するためには、権力の集中による統一力が不可欠です。それがないと社会秩序が生じませんし、社会秩序が起こらなければ高度な文化は創造されません。

また、社会に統一力というものが無いと、必ずと言っていいほど、隣り合う勢力から侵略を受けることになります。侵略を受けないまでも、文化において飲み込まれていくことになります。

◇共産国や独裁的な軍事政権下では、創造文化が起こり難い◇

政治的な統一力。これが存在しなければ、国家や社会秩序は興隆しません。
そして、経済力の集中。これ無くしては、文化のパトロン、文化人の保護者(たにまち)が生まれません。文化の支持者がいないのですから、文化の消費者も育ちません。従って、固有の文化は創造されませんし、文化らしいものが見られたとしても、異邦の文化を真似するだけということになります。

反対に、権力の集中が過度に強くなりますと、いろいろな制度の細かいところまで規制が掛けられます。伸び伸びとした文化活動は制限され、その創造力は低下するばかりです。さらに恐怖政治に陥れば、知識人や文化人らは弾圧を受け、筆を捨てるか亡命するしか道は無くなります。

それが、自由が著しく制限された共産国や独裁的な軍事政権下に、創造文化が起こり難い理由です。共産革命や軍事クーデターで、それまでの歴史は否定され、伝統文化は金持ちの道楽に過ぎないということで破壊されるのですから当然の結果です。基底文化を失った社会に暮らさなければならない民衆は、精神の拠り所を失ってしまい本当に哀れなことです。

◇規制と自由のバランスが良かった古代ギリシアSSと伊ルネサンスSS◇

規制と自由のバランスがいいことで、見事な文化創造を果たした社会秩序の例が、古代ギリシアSSと伊(イタリア)ルネサンスSSです。両SSとも、政治の求心力が十分あると同時に、社会に自由度の高さがありました。
その結果、ヨーロッパ文明の基底文化を形成することになります。

SSとは何かということですが、国家が発達することで発生したソーシャルシステムを意味しています。政治・経済・文化等が一続き(一山)となっており、そこに誕生→成長→衰亡の波を認めることが出来ます。

日本の例では、上古SS(大和時代)、古代SS(奈良平安時代)、中世SS(鎌倉室町時代)、近世SS(織豊徳川時代)、近代SS(明治~敗戦まで)の5個のSSが確認されています。我が国は今、6個目のSSを誕生させるべきときに至っています。

古代ギリシアSSと伊ルネサンスSSは、どちらも都市国家の連合体でした。
連合体であることから生ずる自由度の高さが、豊かな文化創造の基盤となりました。前者ではアテネが全ギリシア統合の要、後者では大富豪のメディチ家が文芸復興(ルネサンス)の中心的役割を担いました。

老子が「あれこれ手出しをしないで、放っておく政治がいい」と言ったのは、世の中というものは時代が進むにつれ、どうしても規制が積み重なり、制限が強化されてしまう傾向にあるからでしょう。道家は、肩の凝らない社会、自由で飾り気のない世の中を愛しました。そういう環境から、豊かな人間性に基づくところの、洗練された文化が育まれるのです。(続く)