No.80 共生文明創造の一番の基本が老子にある

世の中全体に莫大な損失をもたらした「奇物」

第五十七章の解説を続けます。「人に技巧が多くなると、奇物が益々起こる」と。

「技巧」それ自体は大切なことであるものの、その技術が人類の進化にとって本当に必要なものかどうかです。
天地自然の原理である「道」に則っているならば、自然も人も喜べる技巧となるでしょうが、道に外れ、全体にとって悪影響があるとなると困ります。

PCB、アスベスト、フロンガス。これらは便利で安価な化合物や素材でした。
やがて、環境や人間に対して大きな被害を起こすことが判明して社会問題となります。豊富で安くて加工し易いという部分の便利さが、世の中全体に莫大な損失をもたらしたのです。まさに「奇物」の代表でしょう。

有益な化合物や新素材の発明は、これからも進めなければなりません。
それは、環境浄化に生かされたり、最後に天地自然に戻ったりするもの、つまり全体観に耐え得るものでなければ困ります。

「法令」を厳しくする前に、徳性の涵養が必要

「法令が益々彰かになると、盗賊が多く現れる」。この文は、法律や制令が細かく施行されると、却ってその網の目を潜って、利益をかすめ取る者が現れるという実態を述べたものです。

「法令」を厳しくする前に、徳性の涵養が必要です。法治は、徳治・礼治を補うものでなければ、結局のところ役に立ちません。でないと、正直者がバカを見、真面目な者は益々損をすることになってしまいます。

老子は、本来あるべき姿を大切にせよと教えました。その際、「全体にとってどうなのか」を基本とすることになるのですから、共生文明の創造における一番の基本が、老子にあるということがよく分かります。日本全体にとって、地球全体にとってどうなのか。将来にとって、子供たちにとってどうなのかです。

そして、それには無為となり、静を好んで手出しをせず、為政者が無欲であれと。そうすれば、人々は自然に正しくなり、豊かにもなるとのこと。膨張する一方の物欲文明や、騒々しいばかりの政治による悪酔いから醒ましてくれる、一服の清涼剤が本章ではないでしょうか。(続く)