No.81 明快な政治よりも、悶え苦しむ政治のほうがいい…

政治には、温かさや湿り気が必要

政治は公明正大で、是は是、非は非というふうに、竹を割ったように分かり易いのがいい。そう思うのは当たり前です。ところが老子は、一般的な常識に逆らった見解を出してきます。テキパキ課題を処理していく「察察」とした明快な政治よりも、「悶悶」たる政治、則ち悶(もだ)え苦しむほどの政治のほうが好ましい。そのほうが人々は「淳淳」としていられると。

「悶」には、思い悩む、気が塞いで晴れない、心が暗いといった意味があります。どう考えてもマイナスのイメージしかありませんが、そのぼんやりした鈍さの中に大切なことがあると言いたいようです。

淳淳の「淳」。これには人情が厚い、飾り気が無いという意味があり、淳朴、淳良、温淳などの熟語があります。政治家が夜も寝られないくらい自分の仕事に思い悩み、悶々とするくらい国家の将来と国民の幸福に気を揉んでくれるなら、その温かさを受けて人々は素直になれるということでしょう。

人間は機械の部品ではありません。血も涙も情もあります。政治には、それらを酌み取ることの出来る温かさや湿り気が必要です。あまりにも政治の切れ味が強過ぎた場合、あるいは流れ作業のような事務処理でしかなくなった場合、その処分や決定によって、却って人々は生き辛くなるものです。そのあたりのデリケートな問題を指摘しようとしたのが第五十八章です。

政治が杓子定規になると、人々に迷惑が及ぶ

《老子・第五十八章》
「政治がぼんやりしていると、人民は淳朴になる。
政治が明察であると、人民は不満足になる。

禍には福が寄り添っており、
福には禍が潜んでいる。
誰が其の極みを知っているだろうか。

正しいものは存在しない。
正しいものはまた奇異なものとなり、善いものはまた妖しいものとなる。
(そういうことに)人間が迷うようになった日からまことに久しい。

こういうことから聖人は、
(自分が)方正であっても(相手を)割(さ)いたりせず、
(自分が)清廉であっても(相手を)傷付けず、
(自分が)直情であっても(相手に対して)恣(ほしいまま)にせず、
光があっても輝きを見せない。」

※原文のキーワード
政治…「政」、ぼんやり…「悶悶」、人民…「民」、淳朴…「淳淳」、
不満足…「欠欠」、寄り添う…「倚」、潜む…「伏」、誰が…「孰」、
其の極み…「其極」、存在しない…「無」、また…「復」、奇異なもの…「奇」、
まことに…「固」、方正…「方」、清廉…「廉」、傷付けず…「不+※ワードに
無し」、直情…「直」、恣…「肆」、輝き…「耀」、見せない…「不」

「政治がぼんやりしていると、人民は淳朴になる。政治が明察であると、人民は不満足になる」ということですが、政治が杓子定規になって余裕が無くなると、その分人々に迷惑が及ぶことがあります。(続く)