No.90 人と地球環境が共生する文明を創造しよう

人は、何が正しいかについて迷うもの

人は、何が正しいかについて迷います。正しいと思ってしたことが裏目に出たり、考えとは裏腹なことが起こったりするからです。老子は、そういう人間の苦悩を見透かしていました。「人間が迷うようになった日からまことに久しい」と。

しかし老子は、正しさを捨てよとまでは言っていません。一度「本来、正しいものなんてない」というところに一度立ち、その上で今までの常識や固定観念を超えるよう促しているのだと思います。

正しさを深く考えるときのキーワードは、まだまだあります。「天道」「人道」という熟語をご存知でしょうか。二宮尊徳翁が、講話の中で天道と人道を用いていました。天道は天地自然の原理、人道は人間社会の道理のことです。これら双方に適っていれば、理想的な正しさということになります。

人間中心の物欲膨張文明を方向転換させよう

地球環境という天地自然は、大気などの「天」、大地と動植物(微生物含む)の「地」、海洋や河川などの「水」によって構成されており、そこに生活しているのが「人」です。天地自然に順応して生きている動植物と違って、人間は生活圏を広めるために地球環境を積極的に変えてきました。

それによって文明が進歩したものの、一方で地球環境の破壊が進んでしまいました。大気汚染、土壌汚染、水質汚染、気温上昇、森林破壊と砂漠化、集中豪雨による河川氾濫、山の深層崩壊、動植物の種の消滅などが複合的に起こったのです。

今よりも人の数が少なく、工業化社会が未発達な頃は大丈夫だったのですが、現代は世界人口が70億人を超え、皆が豊かな生活を求めています。とうとう地球が持っている人口扶養量を超えるところまで来てしまいました。人間中心の物欲膨張文明を方向転換しなければ、「地球人類体」は今世紀半ばあたりで滅びてしまうでしょう。

天道に従いつつも、如何にして人道を働かせるか

さて、植物の発芽にも天道が働きます。発芽には、水、温度、光、酸素など、必要な条件があります。それらが欠けていれば芽は出ず、整えば芽を出します。この発芽原理という天道に外れはありません。

そうして草が育ちますが、田畑に生い茂り、庭に繁茂したらどうなるでしょうか。農作業は妨げられ、生活は不便になります。従って、これを刈り取らなければなりません。草刈りによる環境整備であり、これを人道と言います。

大切なことは、天道に従いつつも、如何にして人道を働かせるかです。全てを天道に任せてしまったら、人間生活は原始時代に戻ってしまいます。反対に、天道を無視して人道を押し通せば、地球環境は益々破壊されていきます。

天地自然の原理に適い、しかも人間社会にとっても進歩となる生き方とはどういうものか。その答を出すのが、文明交代期に生きている我々の使命です。
答とは、「共生文明の創造」に他なりません。人と地球環境が共生する文明の創造ということです。

街が森になり、森の中に街がつくられていく

一つ例を挙げます。街路樹を植える場合、そこの気候や土壌に合ったものを選び、高木や低木など数種類を組み合わせ、出来るだけ自然に近くなるようにするやり方があります。木々が共生し、病気にも強くなるようです。周囲に水場があれば、そこに昆虫が育ち、昆虫を餌にする鳥がやって来ます。街が森になるのです。

街路樹を植えるのは、人工による人道です。植えるときに気候・風土に合わせるのは、天道を生かしたやり方です。街が森になる、あるいは森の中に街がつくられていくということになれば、それは一つの「共生文明」の誕生ということになります。

雑草の場合なら、草刈りが面倒だからといって地面を全部コンクリートで覆ってしまったら、人道の行き過ぎになります。必要な草刈りはするが、屋上緑化やビオトープ作りなども行う。そうして住環境を整えていくというのなら、天道と人道のバランスになるはずです。(続く)