No.94 徳を積み重ねていけば、打ち勝てないことは無い

◇心を込めたことに対して、人はつつましくなる◇

「つつましさ」について、もう一言述べておきます。「つつましさ」の原文は「嗇(しょく)」で、これは「麦を倉に収めて外に出さない」という様子を表した漢字です。そこからケチという意味が出てくるのですが、決して悪いことではなく、浪費しない、無駄をしないという「物を生かす」精神を表しています。

生産者にとって、苦心して育てた作物は、一つも無駄にしたくはないはずです。
お菓子を作る職人は、折角焼いたケーキや饅頭を一個も捨てたくはないし、本を書く作者は、出版物を一冊も廃棄したくはないものです。それと同じことであり、心を込めたことに対してつつましくなるのは当然の感情なのです。

また、「嗇」の熟語に「嗇夫(しょくふ)」があります。これには農夫という意味があり、農業を基本にしたつつましい生活を表しています。

地球と人類による共生文明の創造という観点から未来の農業を考えますと、天地自然の原理を生かした共生農業への、さらなる転換ということになるでしょう。具体的には、中山間地の水田の維持・復活や、農薬・肥料等の使用抑制(出来れば中止)、有機農業の一層の推進などが挙げられます。環境破壊型の農業ではなく、循環・共生型の農業への移行です。

◇徳は、行動によって磨かれた人望や人間力のこと◇

そして老子は、つつましくあることで、天地自然の原理である「道」に早く従うことが出来ると諭しました。しかも、早くからそうであるほど、徳を積み重ねることになると。

「徳」は、よく知られた漢字ですが、案外字源が知られていません。徳について解説しておきますと、この字は、意味の「彳」と、読みの「悳」が組み合わさった形声文字です。

「彳」は十字路の左半分を表しており、人が行き来する往来を示しています。
往く・行くなどの漢字から分かるように、彳には行動や活動の意味があります。
そして、悳はチョクやトクという読み(発音)を表しています。こういう漢字を形声文字といいます。

一方で、悳にも意味があるとする見方があります。悳は「直」+「心」だから「真っ直ぐな心」という意味があるとし、これと彳が合わさったのが徳だから、徳は真っ直ぐな心で行動することだというのです。この場合、彳にも悳にも意味があることになり、会意文字となります。

いずれにしても、徳は実行・実践によって高められていくものであり、人徳や徳性という熟語が示すように、行動によって磨かれた人望や人間力を指しております。

◇先天の徳と後天の徳◇

それから、徳は得でもあります。行動によって、相手にとってプラスになる結果が出れば、それが得となります。相手の得になることをするのが、徳を積むことになるのです。

さらに細かく説明すると、徳には「先天の徳」と「後天の徳」があります。
前者は天性や天分、個性と呼ばれるもので、道家が尊んでいます。後者は人格や人品、品性などと言われるもので、儒家が重んじています。

道家にとっての徳は先天のもの、儒家にとっての徳は後天のもの。解釈が180度違うように思われがちですが、決してそうではありません。先天の徳を生かしてこそ後天の徳になり、後天の徳に至らなければ先天の徳は宝の持ち腐れとなります。道家は先天の徳が損なわれないように注意せよと訴え、儒家は後天の徳に磨き上げるよう修練せよと教えているのであって、同じことを反対側から唱えているに過ぎないというわけです。

老子は「積み重ねる徳であれば、則ち打ち勝てないことは無い」と述べました。
行動によって磨かれた人望や人間力であるところの徳が、しっかりと積み重なっていけば何事に対しても打ち勝てないことは無いと。本当に、全ては自己確立からはじまるのです。(続く)