No.95 日本こそ、老子が理想とした国家なり

◇何事であれ「因」が「果」をもたらす◇

どんな結果にも、元になる原因があります。何事であれ「因」が「果」をもたらすのであり、これを因果の法則と言います。

幕末志士たちの活躍という「果」にも、彼らを育てた「因」がありました。
江戸期の教育がそれで、知・情・意が見事に揃っていたのです。「知」では蘭学や洋学が、世界の中の日本という大局観を与えました。「情」では国学や神道が、日本人が持つべき熱誠を養いました。「意」では朱子学や陽明学、あるいは武士道が、“革命家”として生きていく上での覚悟を導きました。

平成の今も、志士群が必要です。志士・英雄・傑物が、雲の如く湧き上がるように出て来なければ、文明そのものが転換しようとしている21世紀の危機は救えません。

ならば、この時代の志士を輩出させる因を、知・情・意それぞれに起こさねばなりません。そのために筆者は、「知」では800年周期による東西文明の交代を明らかにした文明法則史学を、「情」では大和言葉に基づく日本思想を、「意」では東洋思想や山鹿兵学、葉隠武士道などを説いてきました。

因果の法則は、人生にも国家にも働きます。結局、始めたことを成功するまで続けられる人、最後に勝利を得ることの出来る人は、必ず徳を積み重ねています。積徳によって「打ち勝てないことが無く」なる因が生じ、打ち勝てないことが無くなれば、「限界知らず」という果に至るのです。

◇統治の根源である「国の母」◇

政治家や指導者が、その限界知らずというところまでいけば、「国を保有する」ことは必定となります。その国を保つ働きを、老子は「国の母」と呼びました。
「母」は根源のことで、ここでは統治の根源を意味します。この「国の母を保有すれば、以て長久となることが出来る」と。

統治の根源である「国の母」。これは、何によって保有されるのでしょうか。
本章によれば、それは、つつましさと積徳でした。「嗇」と「徳」によって、国家長久の道が開かれるのです。

また老子は、長久となることを、国に「深い根」や「固い根」が張られた状態だとも言いました。根が深くてしっかりしていれば、国家という生命体は「長く生」きます。先祖から子孫へつながるタテイトを、「久しく見守る」ことも出来ます。

そのような素晴らしい国柄は、まさに日本のことだと思います。本章を読みますと、連続性の強い我が国こそ、老子が理想とした国家であるということがよく分かります。(続く)