No.96 神霊は在る。でも振り回されてはならない

◇放っておくのが一番という無為の政治◇

あれこれ手を出すより、放っておくのが一番。規制は可能な限り無くす、補助もどうしても必要なときだけに減らす。老子は、そういう無為の政治を理想としました。第六十章にも、その精神を表した言葉が出てきます。

「大国を治むるは、小鮮(しょうせん)を烹(に)るがごとし」という一文がそれです。「小鮮」は小魚、「烹る」は煮ると同義で、小魚を煮るときは、つついてばかりいないで、よく煮えるまでじっくり待ちなさいという意味です。政治も同じで、放っておけば自ずと上手くいくと。

従来、この言葉が第六十章の核心とされてきましたが、筆者はこれに続く、神霊の働きの説明のほうに注目しています。人間と神霊の関わり方の、あるべき姿が述べられているからです。

◇科学と非科学(迷信)の中間の、未科学という領域◇

霊魂、先祖霊、精霊、お化け、妖怪…。あるいは神仏の加護、悪霊の祟り。
これらは、科学の世界では迷信であると否定されてきました。筆者も、不思議な現象とされる事の殆どが、思い込みや見間違いだろうと思っています。

しかし、中には現在の科学では証明も否定も出来ない、摩訶不思議な現象があります。科学と非科学(迷信)の中間の、未科学という領域に入ると思われる出来事です。

神霊もそうで、亡くなる人が夢枕に立ったとか、危険なときに先祖霊が助けてくれたというような話は、枚挙に暇(いとま)がありません。筆者も、先祖霊が働いているとしか言いようのない経験をしています。

老子は本章で、その神霊の現象を否定したりせず、さりとて囚われたりもしないよう促しています。神霊は在る。でも振り回されてはならないと。

《老子・第六十章》
「大国を治めるのは、小魚を煮るようなものだ。
(無為自然の)道に従って天下に臨めば、鬼神は祟らなくなる。

鬼神の威力が失われたわけではないのだが、人を傷付けなくなるのだ。
(さらに)鬼神が人を傷付けないばかりか、聖人もまた人を傷付けない。

両者は、ともに(人を)傷付けない。
それで徳が、交々(こもごも)集まってくるのだ。」

※原文のキーワード
小魚…「小鮮」、煮る…「烹」、ようなもの…「若」、従う…「以」、
臨む…「くさかんむり+?」、鬼神…「鬼」、祟らない…「不神」、
鬼神の威力が失われたわけではないのだが…「非其鬼不神」、
人を傷付けない…「不傷人」、また…「亦」、両者は…「両」、
ともに傷付けない…「不相傷」、それで…「故」、交々…「交」、
集まってくる…「帰」 (続く)