No99. 低レベルの意識に、低念子が引き寄せられる

◇何かに怒り、誰かを怨んでいるときが要注意◇

神霊や霊魂などというものは、普通に生きている分には、特に影響を感じません。健康なときには、身体を意識しないでいられるのと同じことです。

ところが、生きる目的や希望を見失ったときや、気持ちの落ち込んでいるとき、それらが高じて、何かに怒り、誰かを怨んでいるときなどは要注意となります。不安や憂鬱、破壊心といった低レベルの意識に、低念子が引き寄せられて来るからです。

念子は、同レベルの意識と反応し合います。低念子が入り込める隙間を作っているのは、他ならぬ自分自身なのです。

この低念子に惑わされないためには、どうしたらいいのでしょうか。
老子は、道に従い自然体となって世の中に臨めば、鬼神に祟られないと言いました。

道家のいう「道」は天地自然の根本原理のことです。自然の働きに逆らわず、それに順応しつつ、その原理を生かしていく。それが、道に従うということの意味です。

◇仙人は「道に従う」達人◇

心身の「心」にあっては、ぶれることのない氣力や意志力と共に、柔和な感性や優しい包容力を持っていること。「身」では、為すべき事を実行出来る体力を養い、常に体調を整えているということ。それらが道に従うということの、端的な内容になります。昔話の金太郎が、良いお手本です。「気は優しくて力持ち」です。金太郎こそ、道に従って生きる姿の“例”でしょう。

ところで、老子の肖像画は仙人のような姿をしています。冠はかぶらず、粗衣を身に纏っています。現代でも似ている人がいますが、老子の流れをくんだ21世紀の仙人かも知れません。

仙人は、まさに「道に従う」達人のことです。修行が進んだ仙人になると、空気や水が汚染され、人間の悪想念が渦巻く大都会の中でも、心身をハイレベルに保っていられるのだそうです。深山幽谷の中に身を置かなくても、宇宙と一体になることが可能であると。

仙人になるのは常人には大変なことですが、少しずつでいいから真似出来る「行」がないものでしょうか。普段行えることで、低念子を受けないですむような方法があれば、とても有り難いことです。(続く)