No.100 ご先祖は今も生きている。そう思って行うのが日本の先祖供養

◇自分という存在は、ご先祖の「乗り物」◇

身近でやれる「低念子を受けないですむ方法」には何があるでしょうか。
その基本は、自分の意識レベルを上げ、低念子に同調しないようにするところにあります。レベルを上げるというのは、怒りや妬み、対立や闘争といった破壊・衰亡の意識から、思いやりや受け入れ、許しや癒しなどの調和・発展の意識に転化させるということです。

意識のレベルが上がれば、低念子の影響を受けないばかりか、高念子のエネルギーを吸収することが可能になります。それによって、低念子を“浄化”させることも出来るようになるのです。

まず挙げたいことは、ご先祖の霊魂の供養です。私たち人間が一人で生きていると思ったら大間違いで、誰もが先祖から自分、自分から子孫というタテイトの流れの中で生きています。

自分という存在は、いわばご先祖の「乗り物」です。ご先祖の念子が集合するための乗り物が自分、というふうにお考え下さい。その自分が死ねば、今度は自分も子孫に乗り移って“生き続けていく”ことになります。

念子が乗り移る相手は、何も子孫に限ったことではないと思われるかも知れませんが、先祖と自分は遺伝子でつながっています。姿形が似ているというのは、決して無意味なことではありません。先祖と子孫は、遺伝子においても念子においても連続性を保っていく間柄にあるのです。

◇ご先祖が喜んで下さる生き方をしよう◇

そういうことから、先祖供養や慰霊祭に、これまで以上に熱心になっては如何でしょうか。お墓参りをし、仏壇に手を合わせ、祝詞や御経(般若心経など)を上げるのです。

そのとき、どういう心構えで手を合わせるかが重要になります。ただ漠然と合掌し読経するのではなく、しっかり祈りを込めて行いましょう。

祈りは、まず「慰霊」と「感謝」からです。この世に何の未練や不満もなく、全てに満足して死んでいく人は少ないものです。無念なことや残念であったであろうことに対して、お慰めの言葉を掛けてあげて下さい。「ご先祖様、生前は本当にお疲れ様でした。お気持ちをお察しし、心からご慰労申し上げます。ご先祖様のご努力のお陰で、私たちはがんばっていられます。毎日子孫の我々をお守り下さり誠に有り難うございます」などと。

そして「報告」と「決意」を述べます。家族や一族の様子を伝え、これから自分は、ご先祖の何を受け継ぐつもりなのかについて伝えます。兎に角ご先祖が喜んで下さる生き方を心掛けることが肝腎で、その前向きな気構えによってご加護をお願いすれば、必ず“聞き届けて下さる”ものです。

◇ご先祖の念子が集合し、「念子体」となって子孫を守護してくれる◇

供養というものは、ご先祖に対して、今も生きているのと同じように接するのが基本です。伊勢神宮の御祭神である天照大御神、高野山の開祖である弘法大師。そのお祭りを見ますと、今も生きているかのように行われていることが分かります。食事をお出しする作法などに、そのことがよく現れています。

ご先祖は“生きている”のですから、「ご先祖様、共に○○を行いましょう」という、こちらからのお誘い掛けも大事です。先祖も人の子です。“感情”を持って生きておりましたし、死後は“淋しくなる”ものです。だから、認められたり期待されたり、頼まれたりすれば(時間を超越して)嬉しくなるはずです。

そうして、真剣にご先祖に向き合えば、念子が「念子体」となって子孫を守護してくれるようになります。念子体とは、こちらが相手(ご先祖)を思うことで念子を集め、その結果、生前同様の意志力が発揮されるに至った“念的主体”のことです(念エネルギーが集合した霊魂)。

この念子体が、子孫にメッセージを送ってくれるわけです。ご先祖が夢に出てきて救ってくれたとか、良い人と巡り会えるよう導いてくれた、などという話がそれです。

ところが、供養が足りないまま、こちらが低い意識レベルのままでいると、低念子が集まった「低念子体」になってしまいかねません。先祖の祟りだの障りだのというのは、低念子体の作用ということになります。そうならないために行うのが、日本人の生活習慣にある禊ぎ祓いです。(続く)