No.104 念子は、願いや祈りによって放出される精神エネルギー

◇筆者の曾祖父・林由三郎の「殉難の碑」◇

先祖の念子と供養について、筆者の例を述べておきます。
父方の曾祖父に林由三郎という人がいました。由三郎は、北辰一刀流免許皆伝の腕前を生かして警官をしており、首相の護衛官も務めていました。やがて亜細亜(アジア)への志を立てて台湾に二回渡り、二度目の時は台南省恒春弁務所管轄の派出所に勤務します。

そこには、土地を荒らし、人々を不安に陥れていた乱暴者がいました。
由三郎が巡査として鎮圧しようとしたところ、その賊徒と格闘になりました。
奮闘したものの、一人で立ち向かったらしく、いくら腕に覚えがあっても、後ろから数カ所を斬られたのではどうしようもありません。

命を落としたのは明治33年8月25日、36歳の若さでした。
その死を悼み、地元の人たちが建立してくれた「殉難の碑」が、曾祖父の生まれ故郷である栃木県佐野市の浄蓮寺にあります。

少し前、ある霊感の高い人から、曾祖父が台湾で殉職したことや、匪賊に斬られて死んだことなどを、全て言い当てられてしまいました。そして、曾祖父への供養が足りないために、霊魂がとても悲しがっているとも。

◇御皇室は神代以来、男系男子によるイクタマの継承を貫いている◇

実は林家の事情で、曾祖父に対する「男系の子孫による供養」が途絶えかけていたのです。少々説明しますと、曾祖父には二人の息子がいるものの、長男には子が無く、親戚から養子を取っていました。養子は曾祖父の孫ですが、娘の子であるため女系になってしまいます。女系になるということは、それまでのイクタマの連続性は途切れるということです。

本当は、次男の息子を長男の養子に迎えれば問題なかったのですが、次男の子は一人息子であり、養子に出せる男子がいませんでした。次男というのは筆者の祖父、一人息子というのは筆者の父のことです。

その養子を取った家は、(曾祖父の長男の家ですから)筆者にとって本家筋にあたる家です。本家は、法事などをしっかり執り行っており、供養は滞り無く行われてきました。しかし、男系男子による継承ではなくなってきたために、チスヂ(血筋)がつながらなくなってしまったのです。そこを、あなたは男系男子の子孫なのだから何とかしなさいと、霊感能力者から指摘された次第です。

御皇室は男系男子によるイクタマの継承を貫いています。それが、神代以来の祭祀(先祖供養)の基本です。国民である我々の家も、皇室をお手本として、可能な限り男系男子による祭祀を守るのが国家安寧の道なのでしょう。

そこで筆者は昨年(平成24年)8月、父や弟と一緒に佐野市に足を運び、浄蓮寺で供養祭を行いました。霊感能力者が言うには、それ以来、曾祖父は筆者の守護霊として、益々強烈な力で守ってくれるようになったという話です。
詳しいことは言えませんが、「そう言われてみれば、そういう気がする」という程度ではなく、はっきりと曾祖父による強力な守護を実体験しております。

◇無念や残念が集まると「念子体」になる◇

もう一度「念子」について説明しておきます。念子は、人間の精神活動によって放出される、波動エネルギーのことです。強く願ったり、深く祈ったりすることで発生する念粒子であり、一種の量子のようなものとお考え下さい。

但し、念子は(今の科学で)測定出来るものではありませんし、これが念子だと見せられるものでもありません。だから、あくまで仮説の話なのですが、念子があると考えたほうが、辻褄(つじつま)の合うことが多いのです。
従来、気のせいとか偶然とか、迷信などとして片付けられていた、不思議な現象に対して説明が付くようになるのです。

念子は、言葉に出せばコトダマ(言霊)になります。言霊も一種の念子であり、これは「言念子(げんねんし)」とでも呼んだほうがイメージし易いでしょう。

理想や夢を掲げながら志半ばで死んだ場合などは、沢山の念子を残します。曾祖父も、その一人でした。その無念や残念が集まると「念子体」になります。敏感な人ほど念子体と同調し、その想念を感じ取ることが出来ます。

念子体は、特に誰かが意識していなくても存在しているのですが、それを子孫や弟子が真剣に受け止めれば一層はっきりしてきます。さらに念子が集まって増幅され、念子体が強力になるからです。

そして、高杉晋作が吉田松陰の志を受け継いで倒幕を果たしたように、大変な力を発揮することになります。先人と本人が一体になった大活躍です。代を重ねて継続されていく事業も、間違いなく先人の念子体が何らかの形で祭られて(継承されて)います。(続く)