No.123 どうしても拒否すべきときは、はっきりと断ろう

◇約束の達人◇

ある人から聞かれた質問です。「約束を必ず守る人というのは、一体どういう人だと思いますか?」。「記憶力が高くて、責任感のある人でしょう」と答えましたら、「もっと大事なことがありますよ。約束を守る達人とは、約束を決してしない人のことなのです」と教えてくれました。

確かに約束をしていなければ、約束を破るということもありません。言われてみればナルホドと思う話であり、実はこれに近いことを老子も述べております。「軽はずみな約束は、必ず信用が薄くなる」と。軽はずみな約束を「軽諾」と言います。軽諾によって信用を薄くしないためには、中途半端な返事をしないよう注意せねばならないという教えです。

実際には、何となく「はい」とか「うん」とか言ったまま、断り切れずにいることがよくあります。結局、相手に気を持たせたまま、約束を破ることになってしまったという経験は、誰にでもあることです。

◇日本語の持つ「曖昧表現」の弊害◇

その原因として、日本語の特徴の一つである「曖昧(あいまい)表現」があります。例えば「結構です」とか「いいです」という言葉です。これらは、認めているのか断っているのか、どちらにも取れてしまいます。

きっぱりと拒否しないことで、相手の気分を害さないようにする。そういう思いやりから出てきたであろう言葉なのに、相手が鈍感であったり、思い入れが強かったりする場合、大きな誤解の元となってしまうのです。

通常、承諾なのか拒否なのかは、相手の雰囲気を察し、表情や姿勢を見れば分かることです。ところが、インターネットを通してのメールやメッセージのやり取りの場合、手書きの文字や肉声なら表せるところの、微妙なニュアンスというものが伝わり難くなります。

そうして、表現に必要なクッションというものが乏しくなり、メール交換をすればするほど誤解が拡大し、人間関係が冷えていくことになったりします。言葉(メッセージ)のキャッチボールのつもりが、いつのまにか言葉のデッドボールに陥っていたという問題です。

それから、「検討してみます」や「後日返事をします」といった言葉も要注意です。積極的な姿勢から出てきた言葉なのか、それともやんわりと断っているのか。その辺を察知しないと、一方的に期待する「一人相撲」に陥ってしまいます。

◇小さな事の積み重ねで、大きな信用が築かれる◇

対策として、どうしても拒否すべきときは、丁寧な態度で心を込めつつ、はっきりと断りましょう。出来ないことは出来ない、受けられないことは受けられない、やれないことはやれないと、腹を据えて率直に返答するのです。明確に言わなければ分からない相手の場合、最早そうするしかありません。

でも、それで嫌われて、相手の態度が豹変し、罵ってきたりしたらどうするか。そうなりそうな相手と接するのは、気持ちのいいことではないし、気後れもします。

しかし、それはもう仕方ないことです。それだけの相手だったということで、心を切り替えて諦めるしかありません。「お断りする」というのは、そういう覚悟で行うべきことなのですから。

さて、それはそれとして信用される人となるよう、小さな約束を守るようにしたいものです。メモも取らないような簡単な約束を守ることや、集合時間に後れないとか、約束の期日をきちっと守るということ。それら小さな事の積み重ねによって、大きな信用が築かれてまいります。そして、そういう人のところに大きな仕事がやって来るものです。

そのためにも、兵法が教える「先手準備」の習慣が肝腎となります。仕事や活動は、後れを取って追われてするのと、段取りを整えて先手で進めるのとでは、結果が大違いとなります。後手では部分に囚われて抜けやミスが多くなりますが、先手であれば全体を見渡しつつ、細部にもチェックが行き届くようになります。先手準備で、予(あらかじ)め勝っておく。それが兵法の基本なのです。(続く)