No.125 楽なときほど慎重に対応せよ

◇楽な仕事や動作は、誤魔化しが殆ど利かない◇

「こういうことから聖人は、躊躇(ためら)いながら慎重に、易い事を難しい事と(して対応)する。かくて、終生困難が無いのである」。
これが本章(第六十三章)の締め括りです。

「こういうこと」というのは、「軽はずみな約束」によって「信用が薄くなる」ことや、「安易な事が多」いために却って「困難が多く」なることを意味しています。そういうとき、道家の「聖人は、躊躇(ためら)いながら慎重に、易い事を難しい事と(して対応)する」というのです。

要するに、楽なときほど慎重に対応せよと教えているのです。その理由の一つに、楽な仕事や活動というものは、誤魔化し(ごまかし)が殆ど利かないということがあります。

武道に譬(たと)えますと、居合道で最初に覚える形(かた)は、刀を抜いて斬るだけの実にシンプルなものです。進みながら刀を抜いて振りかぶり、斬り下ろしてから血振るいをし、刀を鞘に収めて戻るという手順があるのですが、他の形のような“個性”は一切ありません。相手の刀を受けてから反撃するとか、柄(つか、刀の手に持つ所)で敵を打つとか、切腹の介錯をするとかいう、何らかの特徴が全く無いのです。

◇終生困難が無くなるための心得◇

最初のうちは覚えやすいから、最初の形が一番楽に感じます。ところが、ある段階に達すると、この最初の形が最も難しいということに気付かされてまいります。これ以上なく単純なだけに、誤魔化せるところが存在しないのが原因です。巧みそうに見せられる派手な動作や、注目して貰えそうな決め所などが、どこにも存在しないというわけです。

つまり、簡単だから最初に教わるということではなかったのです。単純な最初の形から始まり、何年・何十年経っても、常に最初の形から繰り返し稽古する。まさに最も大切にしなければならない基本(原点)が、楽に見える出発点にあったのです。

こうして、大きい物は小さく扱い、少ない物は多いかのように生かす。難しい事を先手準備によって簡単に済まし、易いと思う事でも手を抜かないで慎重に対処する。それが達人の物事に対処する心得であり、それによって「終生困難が無」くなるという次第です。(続く)