No.127 顕在化しないうちに処理し、乱れないうちに治めよ

◇まだこれから進化発展出来るという「柔軟な器」が欲しい◇

第六十四章の意味を少しずつ述べてまいりましょう。「安定しているものは保持し易い」。安定の意味は、先にも述べたコマの例え話の通りです。中心軸にブレが無く、活発に動くことで、まるで止まっているかのように見えてしまう状態が安定です。

そうであれば「保持し易く」なります。長く保たれるようになるということです。人間が二本足で立っていられるのも、丹田(臍の下)を中心に全身が統一され、常にバランスを取るよう絶え間なく動いて(調整して)いるから
です。

「未だ兆(きざ)していないうちは対処し易い」。確かに、何事であれ、まだ兆していなければ、対処が楽なのは当然です。

「脆(もろ)いものは解け易い」。脆いというのは、まだ固まっていない状態と見ることが出来ます。固まっていなければ解かし易く、これから加工することが可能となります。人間も、常に柔軟性を保ち、まだこれから進化発展出来るという「柔軟な器」が欲しいものです。

「微小なるものは散らし易い」。微小なものがホコリなら、簡単にはたけば済むといった意味でしょう。

◇修練を重ねると、小さい物を大きく、狭い所を広く扱えるようになる◇

これらは例え話であり、老子が言いたいのは「物事は顕在化しないうちに処理し、乱れないうちに治めよ」ということです。但し、何の兆候も無い段階で、どうやって問題の種を見つけるかです。

誰だって、ベテラン刑事が直感を働かせて犯人を捕まえるように、ちょっとした変化や動きを見逃さない観察力を持ちたいものです。また、問題を芽のうちに摘めるようになりたいに違いありません。

それには、修練を重ねて感性を磨き、その道における達人となる必要があります。「勘が働いてピンときた。それで見抜けた」という第六感の世界です。

修練を重ねると、小さい物を大きく、狭い所を広く扱えるようになるということがあります。中国物産展で見たのですが、ガラス瓶の小さな口から中に筆を入れ、瓶の内側に微細な絵を描く職人がいました。

体操競技の平均台も驚きです。幅は僅か10センチメートル程度です。
歩くだけで目が眩む狭さですが、練習を積んだ選手には、あたかも床の上にいるかのように軽々と演技してしまいます。

このような「磨けば能力が開発される」という事実は、直感力や観察力でも同じことが言えるでしょう。

◇肩の力を抜き、重心を下げ、中心に統一する◇

何事であれ、その道の達人となるための留意点は、次のような事柄であると思います。まず、肩の力や、余分な力を抜きます。そのためには、足腰を定めて重心を下げなければいけません。全身が、丹田(臍の下)を中心に統一されている状態をつくるのです。相撲で行う四股(しこ)などは、足腰を鍛えて重心を下げるための一番の稽古でしょう。

中心に統一されますと、手足や身体全体から「氣」が放射されるようになります。オーラが出ているとでも言うべき状態です。「氣」はエネルギーであると同時に、一種のセンサーの働きもします。氣を張っているという状態であり、それによって察知する力が高まるのです。

しかし、氣を張るときに意識し過ぎると、体が固くなり、肩に力がこもり、重心が上がってしまいます。そうならないよう、心の持ち方としては、素直になることが肝腎です。可能な限り、固定観念や邪心を持たないことです。

早く成果を上げて成功したいとか、格好良くやって喝采を浴びたいなどという我欲も、心が曇る元になります。私利私欲に覆われないよう、これを少なくするか(寡欲)、公利公欲に昇華させれば、きっと鋭い眼力が養われていくことでしょう。(続く)