No.129 熱意は大事、強い願いも必要だが…

◇勝とう、勝とうと思うほど負けてしまう◇

相手に勝とう、勝とうと思うほど負けてしまう。お客様に売ろう、売ろうと
迫れば買って貰えない。そういうものだから、もっと肩の力を抜いて楽に行け。
先輩や上役は、スランプに陥った後輩や部下にそう諭します。

しかし、その一方で「勝つ気がなければ勝てないし、売る気がなければ売れないぞ」とも教えてくれます。始めから負けるつもりでいたら勝てるわけがないし、売れなくていいと思っていたら客の心は動かないという指導です。

勝とうと思ってはいけないのか、それとも勝とうと思わなければ勝てないのか。売ろうと意識してはいけないのか、あるいは売ろうと意識しなければ売れないのか。一体どちらが本当なのでしょうか。

◇言っていることは世のため人のためであっても…◇

この問題について、老子は「作為でやろうとする者は敗れ、固執する者は失う」と教えています。「作為」とは、無理な企(たくら)みや不自然な行為、見せかけの行動のことです。勝負や商売において、無理があったり、自然の原理に反していたり、中身の無いハッタリであったりすると、決して上手くはいきません。

また、「固執」にも注意が要ります。自分の意見や主張に拘(こだわ)り、それを押し通そうとして頑固になるのが固執です。自説(部分観)に頑(かたく)なになり、相手の立場や考え方を受け入れようとしない様子です。

言っていることは世のため人のためであっても、自分の成功を第一に求め、目に見える成績の良し悪しにのみ満足の基準を置いている場合は、これも固執となります。作為にせよ、固執にせよ、その弊害は自己中心に陥ることから起こるのです。

◇バランスの良さに、道家の達人の生き方がある◇

結局、勝つつもりで最大限努力するが、心身を固くすることなく自然体で向かう。買って頂くことにトコトン使命感を燃やすが、無理強いはせず楽な呼吸で接する。そうしたバランスの良さに、道家の達人の生き方があるということになります。

バランスが良ければ、物事はスムースに運ばれていきます。余分な力は使っていないし、そもそも馬鹿げた勝負なんてしないのだから負けることがありません。そして、我欲に囚われていないのだから、何も失うことが無いということになります。

確かに熱意は大事、強い願いも必要。意識しなければ、何も実らないというのは本当です。問題は、それが私利私欲から来る低次元の願望ではなく、公利公欲に基づく大願や本願であるかどうかです。

人類の危機を救いたいという大願、日本を甦らせたいという本願。あるいは、社会を悩ます問題を放っておけない、困っている人々を見捨てられない。そういう小我を超えた意識から来る行動となれば、自ずと腹に力がこもって、余分な力は抜けていくはずです。商品を売るのだって、それによって相手が幸せになるという信念があるのなら、自ずと買われていくに違いありません。

要するに、意識することは大事だが、肩に力が入って重心が上がるような意識の仕方ではいけない。自然体になることは重要だが、元気を失ってへたってしまうような脱力では意味が無いというわけです。(続く)